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イタリア紀行(37)

朝、バスが通っていると言うので、ヴィンチ村からピストイアの駅に向かう。午前中に何とかフィレンツェにたどり着いた。一行は先ず考古学博物館へ向かう。知っている分野については何とか解説できたが、皆さんにお任せして自由に鑑賞することにした。今回は、「フランソワのクラテール」という大型の陶器をじっくり鑑賞した。エトルスキ黒像式陶器で、表面にはギリシア神話に登場する沢山の人物が描かれ、その図像に付された文字はエトルスキ文字を使用している。

昼過ぎに博物館を出て、N先生が仕入れた情報をもとに一軒のレストランを探す。この辺りだというところには店らしきものがない。よくよく見ると改装中のような建物が怪しい。すると中からエプロン姿のおじさんが出てきた。ここはレストランですかと聞くと、どうぞお入り下さいと招き入れる。何と看板がない店であった。情報によれば、フィレンツェでは大変有名な店で、特に大学関係者がこぞって利用しているということである。アレッシオさんというこの店主の話によれば、数年で日本人観光客の数がグッと増えたそうである。隠れ家的な店は最早隠れ家ではなくなったようである。

メニューを見ると凝った料理が目白押しで、私は鳩料理を、先生はステーキを他の人の一人は鴨の料理を注文していた。鳩は、オリエンタル風とあるようにクミンシードが効いたスパイシーな肉料理で、ステーキは値段の割りに大きくて先生をうならせていた。鴨肉はどうやら初物らしく、食べてみるとオレンジソースがとても美味しい一品であった。後で分かったが、アレッシオさんは、フィレンツェ、いやイタリアを代表する料理研究家で、メヂチ家の料理を再現したり、エトルスキの料理の本を書いたりと有名な人である。大満足して、店を出るが、私はまた来ることを約束した。
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ドゥオーモをお参りして、駅前から7番のバスに乗り、一行をフィエゾレに案内する。何はともあれ、先ず考古学博物館に入る。やはり、ロンゴバルトの戦士の遺骸に皆惹かれたようである。一通り見て博物館を出て、ローマ時代の劇場から案内する。この横の浴場を見た後、城壁の外を出て、城壁の石の積み方などをチェックする。鋭い質問が飛んでくる。冷や汗もので解説してまた城壁内部に戻る。神殿遺構をくまなく見てこの考古学地域から出る。最後に、サン・フランチェスコ教会下の見晴台にお連れする。
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バスでフィレンツェ駅に戻ってきた頃には陽が傾いていた。別れの時である。隊員一行は、ナポリまでの電車に乗り、お互い窓を境に手を振り合う。何と寂しいことか・・・。喪失感が私を覆った。とぼとぼと、帰りの電車に向かう。電車が動き始まると、妙にペルージアが恋しく思われた。やはり我が家が一番と言うことか・・・。

野人
by yajingayuku | 2009-09-06 01:35 |

野人日記 9/5(土)

少し蒸暑く、寝苦しい夜と朝。窓は開けたまま眠ったが寒さは感じなかった。午前中から暑くなり、昼にはいつもの暑さになり、夕方には猛烈に暑くなる。16時の室温は、32.6度。晴れて陽射しが厳しく、時折風が吹くが涼しさの効果は弱い。SASなし。脈の乱れなし。血圧、87/56。9/4の体重と体脂肪率、76.2/22.7。10時起床。今朝はぐっすり眠れた。夢はいくつか見たが思い出せない。

昼は、おでん。昨年の今頃同じようにおでんだった。面白い。美味しかった!!!


野人
by yajingayuku | 2009-09-05 16:06 | 野人日記

野人日記 9/4(金)

昨日より蒸暑い夜と朝。冷ややかな空気だが、外気だけで、締め切った部屋はむしむししていた。寝苦しい。昼前から暑くなり、夕方には32度まで気温が上がり、とても蒸暑くなる。風が全然ない。真夏のような陽射しも出て、外は焼けるように暑く、家の中でも汗が流れる。SASなし。脈の乱れなし。血圧、84/56(0時起床)、87/58(10時15分起床)。9/3の体重と体脂肪率、75.7/22.7。夢は見なかった。

昼は、ブリの照り焼きとアサリの味噌汁。

朝方、寝室の模様替えをする。秋冬の衣類等の準備完了。まだ夏用がいる。暑い!!!

新型インフル、芸能人にも広まる。

株価下落。


野人
by yajingayuku | 2009-09-04 16:05 | 野人日記

イタリア紀行(36)

ポンペイ訪問最後の二日間は、隊員の人たちとフィレンツェ周辺を旅することになった。フィレンツェから西進して、ピストイアで電車を降りる。駅前でバスを待っていると、タクシーの運ちゃんが、今日はストだよと教えてくれる。仕方ないので彼のタクシーを含め2台に分乗し、ピストイアを南下する。

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着いたのは、ヴィンチ村。あのレオナルド・ダ・ヴィンチのふるさとである。昼過ぎに遅い昼食をバールでとり、レオナルドの博物館に入る。彼が発明した様々なものの中で、展示されていた自転車の模型には驚嘆した。今の自転車とほぼ同じつくりをしている。チェーンやタイヤは勿論ないが、ハンドルやサドルなんかは同じで、全体の形もほとんど現代の自転車そのままである。今の自転車がレオナルドの真似をして作られているのだろうか?

博物館を出て、チェントロをうろうろしていると、おじさんがレオナルドの生家に行ったかいと話しかけてくる。車でないと行けないらしいが、何を思い立ったか、一同徒歩で行くことに決めた。うねる道をどれほどまで歩いただろうか、陽が山の稜線に沈んでゆく。地図によればオリーヴ畑を抜けると近道のようなので、畑の獣道を歩いて行く。暫くすると、明かりが見え、人家らしきものが目に入ってくる。平屋の、小さな一間ほどしかない家がレオナルドの家だった。兎に角何もない、自然以外は・・・。これだけ質朴とした暮らしをしていたとは思わなかった。レオナルド少年はまさに野生児だったのであろう。あの水流のデッサンを見れば、彼がどれだけ強く自然界と心を通わせていたかが分かる。暗闇の寂しい獣道を戻る。幸運にも月が照っているので帰り道がよく見え、村の中心までは何とかたどり着くことが出来た。

夕食は、ホテルのレストランで済ますことにした。メニューを見ると、「カジキの燻製」という前菜を見つけた。これはもしかしていいかも・・・とみんなにすすめる。給仕にこれをいくつか注文していると、先生が、レモンのスパゲッティーを注文した。一同も先生に習いこれを注文する。この二つの料理だけが強烈な印象となって残っている。燻製を味わう。絶妙な肉の歯ごたえと燻製の香り、そしてうま味が染み出す肉はまさに絶品。生涯忘れられない最高の味である。未だにこの料理が食べたくて、日本のレストランにないかチェックすることがよくある。この料理は山間の村だからこそ燻製なのかもしれない。パスタは薄い黄色の麺に、これまた黄色のクリームソースが絡まっている。パスタの生地にもソースにもレモンが使われているのが分かる。塩味が丁度よく、ソースがホウレン草とよくあい、パスタと味わえば爽やかなレモンの香りと味が口の中に広がる。酸味は嫌みがなくさほど強くない。最高の晩餐であった。

N先生と部屋で歓談し、買っておいたウィスキーをあおる。くたびれたので、シャワーも浴びずにベッドに潜り込んだ。いやぁ~こんなに満ち足りた一日は久しぶりだなぁ~・・・。運に恵まれている・・・。灯りを消すのを忘れて深い眠りに落ちた。

野人
by yajingayuku | 2009-09-04 01:40 |

野人日記 9/3(木)

昨日同様に冷ややかな朝。もうこういう季節になった。今日は午前中に気温が上がったので、直ぐに窓を開けた。夕方には、いつもの暑さになり、湿度も上がる。風が少々で爽やかさはない。SASなし。脈の乱れなし。血圧、82/53(1時起床)、87/59(10時起床)。夢は忘れる。

昼は、鯛のお刺身。甘くて美味しかった。

父は、胃腸が丈夫だ。83歳というのに酒をやるし、御飯をもりもり食べる。良いのか悪いのか・・・。

株価下落。


野人
by yajingayuku | 2009-09-03 16:11 | 野人日記

イタリア紀行(35)

カンパーニアには、ラクリーマ・クリスティーというワインがある。安物しか飲んだことがないので、本当の味は定かではないが、有名らしい。ポンペイでは、リキュール類もよく飲んだ。珍しいのでは、甘草のリキュール。甘草はよく喉を労わる飴などに使われているが、これが液体になっている。飲み続けると癖になって、結局、N先生と2人で空けてしまった。

イタリアにはアルコールの度数が高い飲み物がある。グラッパもそのひとつで、これは日本の「カストリ」と同じような製法で葡萄から作られている。中には、香草などが入れられ琥珀色をしているものがあるが、基本的には無色透明な酒である。よく食後、これをキュッとやったものである。
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決まったやり方と言うのもあるようだ。ヴィンサント(「聖なるワイン」)のやり方は、よくカントッチーニ(アーモンド入りのクッキー)を浸してやるようである。こうすることで、堅いカントッチーニを柔らかくして食べるのである。
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カンパーニアのお酒で思い出すのは、「リモンチェッロ」というレモンのリキュールである。大雨で、発掘作業が中止になり、午後時間があると言うことで、車でソレントに向かった。途中、ナポリ湾は太陽が煌き、陽が傾きだすと、黄金色に輝いていた。半島の断崖道路を走っていると、ここがヴィーコ・エクエンセだよとチンツィア。断崖の上にはエトルスキの町があるのである。カンパーニアには、カプアやノラのような平野部の町、このヴィーコ・エクエンセのような断崖上の町、ポンティカニャーノのようなサレルノ平野の町などが点在している。

ソレントに着く頃には夕陽が射し、結局今回も昼のソレントを拝むことが出来なかった。研究所のE先生が絵を購入すると言うのでついてゆく。もう店の主人とは顔なじみのようで、何やら親しげに商談していた。広場の宝石屋に入ると、チンツィアが「ダミアーニ」のダイヤの指輪の前で氷ついていた。帰り際に、バールに入ると、夥しい数の「リモンチェッロ」が陳列してあるのが目に入る。私も記念にひとつ購入した。
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ペルージアに帰り、ひとり部屋で荷を解き、このレモン色の液体の入った瓶がベッドの上に転がり出ると、たまらず封を切って味わった。まったりとした舌触りだが、爽快なレモンの香りと味が口中に広がる。あの太陽の黄金にまた会いに行こう・・・友に会うかのように・・・。

野人
by yajingayuku | 2009-09-03 02:27 |

野人日記 9/2(水)

昨日同様冷ややかな夜と朝。昼前まで窓を閉め切る。夜中も室温が下がる。曇り空で、昼過ぎから徐々に暑くなり、夕方には蒸暑くなる。手元の寒暖計では30度ある。風少々。SASなし。脈の乱れなし。血圧、93/61(23時15分起床)、84/56(5時45分起床)、85/57(9時15分起床)。9/1の体重と体脂肪率、76.9/24.3。夢は見なかった。

昼は、カレースープ。

夕方、春雨サラダを作る。とても美味しく出来上がった。

株価大幅下落。円高進む。


野人
by yajingayuku | 2009-09-02 16:07 | 野人日記

イタリア紀行(34)

ある休日、皆で何処か行こうということになった。カプアに行ってみたいと切り出すと、一同賛成で出発することになった。先導役はもちろんチンツィアである。車で1時間ほどするとカプアの郊外に着く。

カプアはいわずと知れたエトルスキの町である。サンタ・マリア・カプア・ヴェーテレという旧市街地はその昔、エトルスキの拠点であった。南のエトルリアと呼ばれたこのカンパーニアで一番栄えていたようである。紀元前5世紀山岳部からイタリキ部族がこの町を強奪し、エトルスキが駆逐されるまで、カプアの繁栄は羨望の的だったらしい。

一行は考古学博物館を見学することになった。私が論文で取り扱った陶器が幾つも所蔵されていた。これには一入の感慨がこみ上げてくる。チンツィアも先生達も関係者とは顔なじみのようで、存分に写真をお撮りくださいとのこと、一同カメラを手に盛んにシャッターを切る。展示品は、先史時代からローマ時代までの遺物で、この地が絶えず人の居住したところであることを示していた。

博物館から出て、街中に入ると、チンツィアがどうしても見て欲しい場所があるというので、住宅街の小さな建物の地下へ連れて行かれた。何とここは、キリスト教がなければ恐らく世界的な宗教となったであろうと言われる、ミトラ教の礼拝堂である。祭壇中央には、牛の首を切らんとするお馴染みの絵があった。天蓋部には星が描かれ、古代の証左としては珍しい宇宙観が展開されている。こうしたミトラ教の聖所は後世にキリスト教の聖域となることが多い。ローマ市内にもいくつか残っている。新鮮かつ貴重な経験であった。

遅い昼をレストランでとった。前菜に是非とも食べたかった、カプア産のモッツァレッラチーズを注文した。これは恐らく生涯忘れられないチーズの味である。兎に角舌に馴染んで滑らかである。パサツキが全くない。メインは、カンパーニアなのに、またまたミラノ風カツレツを食べた。ボリューム味とも大満足であった。

レストランの近くに、それはあった。コロッセオである。この建物は、ローマのものに次いでイタリアで2番目に大きなものである。入り口の片隅には、剣闘士の墓石が立っている。そう言えば、スパルタクスはここの出身だったことを思い出す。反乱は、ここからはじまったのである。映画、「スパルタカス」の話を思い出すと同時に、ビル・エヴァンスの愛のテーマが頭の中で鳴りだした。建物の地下部分には幾つもの部屋と恐らくエレベーターのように地表にせり出したであろう舞台の部屋も確認できた。チンツィアの説明も熱を帯びる。残念なことに、ここの写真は一枚も残っていない。フィルムがきれてしまったのである。迫力あるその姿が残せなかったのは返す返す残念なことだ。
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帰りの国道を走っていると、夕闇の中に、幾つかの霊廟跡が建っているのが見える。帰りは何故か物悲しい雰囲気だった。今度はいつこれるだろうか・・・。

野人
by yajingayuku | 2009-09-02 01:02 |

イタリア紀行(33)

折角来たのだからと、一日遺跡を見学してくるようにと先輩に気を使っていただいた。先ずポンペイのドゥオーモをお参りする。東の入り口から遺跡に入る。入り口傍には、円形闘技場とパレストラ(体育訓練場)がある。ヴェスーヴィオの御山を背景に観客席の最上部から闘技場を写真に収める。この日は抜けるように空が青く、いい画が撮れた。
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石畳の道を歩いて、スタビア浴場に入る。ローマの風呂は、蒸気の水分の濃度と浴場の温度によって幾つかの種類がある。湯船のローマ風呂は有名だが、蒸気風呂もまたよく知られている。湯船から出て、垢すり人に体の垢を取ってもらう光景もこの浴場では日常的なものだったであろう。通りには、上下水道の跡や何か食い物を売るような店の跡が残っていた。そう言えば、こういう店には、ガルム(魚醤)というローマ時代の調味料で味付けされた料理が並び、臭いが漂っていたであろう。ローマ人の生活が息づく通りである。
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イシスの神殿を見て、劇場を訪れる。直ぐ傍に、「三角広場」という場所がある。当時は、一部立ち入り禁止のテープが張られた部分があったが、ここからエトルスキ所縁の遺物が出土している。そうなのである。ここも都市構造の古層にエトルスキ時代の名残が残され、学者の中にはエトルスキの都市ポンペイを主張するものいるところである。ポンペイの都市構造史には、ギリシア時代、エトルスキ時代、オスキ(イタリキ)時代、そしてローマ時代の層が残されている。79年の噴火で、この古層は手付かずのまま今に残された。下層調査をもっとすれば何かが出てくると誰もが考えるが、現実は、遺物の保管場所、そして最大の問題金銭的なものが絡んでいて一歩も前に進まない。
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フォロに行く。ヴェスーヴィオの御山を背景に、ユノー神殿が建っている。もう昼の時間はとっくに過ぎていて、食べずに水分補給だけして何とかもっている。出土した遺物や石膏で復元された住民の遺体が収められている所蔵庫を見学する。ユノー神殿の裏手にある住居跡を見学し、墓の道を歩く。その先の「神秘荘」に入る。有名な「ポンペイの赤」が眩しい壁画を拝む。陽が落ち始め、くたくたになって遺跡をあとにする。

研究所に戻ったが、そのあとどうしたかは記憶にない。あるのは蒲団の中で遺跡の光景が頭の中を駆け巡っていた記憶だけである。貴重な一日をありがとう・・・。

野人
by yajingayuku | 2009-09-01 20:56 |

野人日記 9/1(火)

抜けるような青い空。
夜朝ともに冷ややか。窓を閉め切っても、部屋の中の気温が低いのが分かる。夕方まで爽やかな陽気で、風も心地よかったが、夕方から暑くなり、汗がにじむ。湿度が低い一日。SASなし。脈の乱れなし。血圧、90/58。8/31の体重と体脂肪率、77.3/22.1。5時15分起床。そのまままた眠り、10時15分に起床。12時間睡眠。いやぁ~久しぶりに眠った。お風呂効果は覿面。夢は沢山見たがどれも思い出せない。

昼は、赤魚の塩焼き。おから。

雲ひとつない、イタリアのような空。いい気分。

株価上昇。


野人
by yajingayuku | 2009-09-01 16:07 | 野人日記