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2009年 01月 14日 ( 2 )

野人日記 1/14(水)

晴れのち曇り。寒い朝。冷え込みあり。風あり。SASなし。脈の乱れなし。血圧、101/75。1/13の体重と体脂肪率、90.6/29.7。5時45分起床。夢忘れる。

昼は、納豆入りかす汁と赤魚の煮付け。

夕方、父に、ウインナーと玉葱のケチャップ炒めを作った。シンプルだが美味い。

株価、少し値を戻す。


野人
by yajingayuku | 2009-01-14 16:23 | 野人日記

考古学的遺物の形態論、エトルスキの心性、エトルスキの支配的意識、政治史などなど、どれをとってもその出発点は、人間に対する意識が強く働いているものだ。分析が容易な手法も、エトルスキとは何か、ギリシア、ギリシア人とは何か、ローマ、ローマ人とは何か、という大きな問題に対して簡単に結論を下すことが出来ない。しかし、こうした大きな総合的な問題提起を忘れてただ問題を分析するだけでは建設的な研究に結びつかない。大きな問題に帰結せよ、と声を荒げて言う必要はない。そうした問題へ循環させる志向性を研究者の魂として忘れないことだ。

古代のことを扱う研究が、現代とかけ離れた問題である、と考定するには早急すぎる。何故なら、研究と言う行為を行っているのは、正しく現代にいる私、我々なのであるから。そう、どの時代、研究対象でも、現代と深く結びついて思考され、意識されているのである。何も教訓めいたことを引き出すためにあるのではない、歴史は現代を写す鏡でもある。

私が、拝聴したイタリアの大学の講義では、厳しく歴史学の中にある、非歴史的な心理学的分析を戒めていた。単に、歴史の心理的側面に対する分析が、歴史の文脈からかけ離れたものになるのだけは回避しなくてはならない、という内容だった。この態度は、しかし、古代人のメンタリティー、イデオロギーの分析が無に等しい、という態度ではない。むしろ現代的な研究にとっては必要不可欠なものであることを認めているのである。

エトルスキ研究における人間的な要素、心、意識、信仰、遺物遺跡、感情、日常、思考など。これら諸々の事柄がいかに歴史的に推移し、変質し、あるいは固有のものであるか、このことがエトルスキ研究の端緒についた当時の私の意識から離れない課題である。また、何故自分がこういう物事に関心があるのかも脳裏のうちに点滅している課題である。

研究とは、循環に等しい。一つの帰結に立ったとき、その帰結に満足がゆかなければ、その帰結を捨て去ってもいいのである。物事は循環している。初めと終わりは必ずしも同じものではない。エトルスキ研究というごく限られた研究はこうした循環でできている。それこそ「試行錯誤」なのである。


野人
by yajingayuku | 2009-01-14 12:47 | エトルスキ夜話