見えるものと見えざるもの

ローマの秋の太陽は早い。
おやつの時間を過ぎると、もう町の色がビール色に染まる。

ボルゲーゼ公園近くの路地裏のアパートの一室で、コーヒーを淹れ、窓際の、肩幅ぐらいの、小さな机の椅子に腰かけた。

椅子の背にもたれかかると、重力とは逆に、少し浮力に似た解放感が、肩辺りに感じられてくる。

サビネリのストレートパイプにラタキアの葉を詰め、百円ライターで火をつける。
獣臭の独特の香りが、煙とともに顔にやってきた。

視線を窓の外に向けると、向かいのアパートの壁に琥珀色の夕日が照り付けているが見える。
レンガ造りの壁面には、葡萄のつるのような蔦が二筋長く、一つの窓に伸びている。
蔦の葉は光でルビー色になっていた。

ふと窓を見ると、頬杖をついた女の顔があった。
髪は黒く自然なカールを描き、まつ毛の濃い大きな瞳で窓の外を見ている。
じっと空(くう)を見つめている。朧な瞳は、何かを見つめているようであるが、何も見ていないようでもあった。

煙が細い糸を引いてきた。
タンパーで火を消し、もう一度パイプに火をつける。

目の前の煙が退くと、今まであった窓際の女の顔はもうなかった。

アパートの壁にも、蔦の葉にも闇が覆いつつあった。

「この世から隠されたもの」が再び閉ざされる。

夜がやってくる。
夜のしじまに隠されたもうひとつの顔を見せる時間だ。

パイプをくわえたまま、腕を伸ばし、机のランプに明かりを灯す。
そして、椅子の肘掛けの左腕に体重をかけ、右手でパイプを包んだ。

さて、どんな瞳が見えてくるだろう?
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「毒蛇は急がない」

Bayartai!

野人

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by yajingayuku | 2014-11-07 22:16 | 木陰のランプ