酔う

書きます。
今少し感極まりました。

色々昔のことを思い出すうちに、自分の幸福も、友人の幸福もどうやったら成就できるかを思っています。
争いごとのない世界なんて考えられないけど、幸せにならないなんて世界も考えられません。

大学1年生の時の哲学の講義の課題図書がプレトンの「ソクラテスの弁明」という対話形式の書物だった。
「無知の知」という言葉だけでなく、「善く生きる」とは何か?という問いも織り込まれていた。

小難しく、そっぽを向かれる本だけど、こんな問いが2000年以上も前に提起されているのである。

大学の教授陣の中に、フィリピン人のルーベンス・アビト先生がいらした。
昼食となると、私は、安くて、腹がいっぱいになる学食に駆け込む。
お決まりの、アルデンテではない、伸びきった、脂っ濃いスパゲッティを平らげる。
満腹の私は、売店に行き、飲料水を買う。
それをもって、図書館で少し昼寝でもしようと思い、トボトボ構内を歩く。

すると、

「やあ、岩崎君」

とアビト先生が寄宿舎の前の日向で置石に腰かけて声をかけてこられた。

「パイプ、ですか?」

「これがないと生きてゆけない」

そういう会話が脳裏にこびりついている。

今、私もパイプがない自分が考えられなくなっている。アビト先生のいう意味が分かるような気がする。
中毒。そうかもしれない。
でも、それに比例して私にもたらしてくれる幸福感は代えがたいものである。

「善く生きる」とは、難しいことではないかもしれない。
ほんのちょつとの、つかの間の幸福感、しかも自分だけではない共有できるもの・・・・・。
そんな小さなことでもいいのではないか?そう思うのである。

人との交わりもこういうものかもしれない。
大国のメンツで駆け引きするのではなく、個人と個人の交わりから生じる何かではあるまいか?
些細な触れ合いが肝要ではないか?


小難しいことで、あいすみません。
こういうことが、今、ビール1本で発火してしまいました。

想像には酒は必要だが、創造には酒はご法度である。
でも、人間、酔わずに何をするものぞ?

あの詩人だ。ボードレール。

「常に、酔っていなくてはならない」
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「毒蛇は急がない」

Bayartai!

野人

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by yajingayuku | 2014-10-27 18:57 | 木陰のランプ