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水話(みずばな)再び

「一日2リットル以上の水分を摂るように」

これが私に対する処方箋の一つになった。
尿酸値が高く、現在でも薬を飲んでいるが、医師からはこのお言葉をもらい、以後15年以上にわたり、水あるいは麦茶を一日2リットル以上摂取している。
これは、夏でも冬でも変わらない。
最初は苦行だったが、半年たつと自然と飲めるようになった。
おかげで、尿酸値はうまくコントロールされ、腎機能もよく、血圧も低い。

水泳のコーチという水商売(?)をやっていたこともあり、水には縁がある。
プールで泳ぐというのは、世界でも経済的に豊かでないとやれないことだ。
温度管理、水質管理など管理された世界が必要になっているのがプールである。

「なんで、人間は水から進化してきたのに、また水に戻らなあかんねん!」
と友人が、大学の体育の授業でどうしても苦手な水泳をする羽目になって咆哮した言葉である。
よくわからん理屈だが、意外にこれも一理あるかもしれないと思ったことがある。
どう考えても、人間は海中から酸素を摂取して呼吸できない。
つまり海の中では陸上のように我々は呼吸できない。
これが人間にとって最大の障壁となっている。

水は人間に酸素を意識させる。ふつう空気の存在を意識しない我々は水によって空気の存在を意識する。

人の中にも、適所にいると生き生きする人がいるものである。「水を得た魚」。
「空気を得た人」とでもいうように、その場の空気で生き生きするのだ、人は・・・・。
こういう居場所というものが人には必要なのではないだろうか?
それは何処か?
ボードレールはかつて「この世のほかなら何処へでも」という詩を書いたが、彼も居場所を探していたようである、詩を書くことで・・・・・。

「うちのやつは空気のようなやっちゃ」というのは、なくてはならない存在という意味ですね。亭主の拠り所です。
酔って帰ってきた亭主には、水をじゃんじゃんかけてください。そのうち、アップアップして「空気」を求めますから・・・・・男の切ないサガです・・・・・。
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「毒蛇は急がない」

Bayartai!

野人

by yajingayuku | 2014-10-12 18:59 | 木陰のランプ