読書の秋

「はぁー」と長い溜息をついたと思う。
生まれて初めて、天体望遠鏡で月を見た。
黄白色に輝く、月の表面は、砂漠の世界のようで、クレータや海が、静寂の中に広がっていた。
その時、初めて、「静寂さ」というものを知ったと思う。

天体望遠鏡をかたずける幼稚園生の私は、叔父から1冊の本をプレゼントされた。
野尻抱影著「星座神話」(昭和8年)。
戦前の発行ということもあり、文字が右から左に書かれた書体である。
ギリシアやローマの神話と星座の話がかなり詳しく記されていて、何よりも興味を惹いたのは、星座の絵や神話の題材の絵画・彫刻の写真である。恐らく、西洋絵画に興味を持ったのはこの本のおかげだといえると思う。この読書バージンから、私は、京都の科学博物館のプラネタリウムに通うようになる。

両親のいさかいで、郷里に帰り、中学校に通いだした夏休みの宿題の読書感想文で、河合雅雄著「少年動物誌」(1975)に出会った。著者の実体験から自然の動物の生態を描いていることに感激したものである。

書物を挙げるときりがない。これも、あれもととめどがない。

大学生時代に、夢野久作著「ドクラ・マグラ」を読んだ。付き合っていた彼女がたまたま読んでいたらしく、「蠅がぶ~んと」というと、「終わりにもぶ~んと」、とこれだけの会話で心が通った感覚があった。ホットになれた。

以前にも書いたが、開高健と澁澤龍彦は座右の書である。
開高とのかかわりで言うと、彼の親友であった小松左京は、若き日の私の父の親友でもあった。
小松左京と父は京都で事業を興し、失敗、それぞれの道を歩むことになる。
こんなことがあるものだから、今でも母に小松さんの話をすると、「左京さん、左京さん」と親しげに話しこむのである。

我が家には、読書好きの血が流れている。
生前にはこうした人たちに会いたかったのだけれど、その機を失ってしまった。
悔やまれる。

でもである。書物の中でいつも出会っています。開高さんとも、澁澤さんとも、小松さんとも。
本を読んで、いろんな人と出会えます。そして、いろんなことを疑似体験できます。
秋の夜長、是非、読書を・・・。これも何かの縁です。読書とお酒と音楽と・・・・・。
f0192635_20253126.jpg

「毒蛇は急がない」

Bayartai!

野人

[PR]
by yajingayuku | 2014-09-15 20:26 | 木陰のランプ