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イタリア紀行 (58)

外国人大学があるせいもあって、ペルージアの町には日本人を多く見かける。ペルージアで最初に知り合ったS.H.君などは19歳でイタリアに来ている。若いうちからイタリアを目指してやって来る日本人も多いようだ。2年が経つと、私の周りのも、日本人の仲間が増えだした。

S.K.君は、友達を作る天才であって、向こうではとてもお世話になった。夜な夜な日本人同士が集まってパーティーを催したものである。10名近い仲間が出来、彼らの間では、サッカーの話題で盛り上がっていた。土日には、駅近くのサッカースタジアムに繰り出し、わが町のチームの応援に声を上げたものである。

丁度この年には、日本人の中田英寿選手がこの町にやってきたこともあり、日本人が沢山押し寄せ、地元っ子も親しげに声をかけてくれるようになった。S.K.君は、ワールドカップフランス大会を契機にイタリアにやってきた。彼を中心に、イタリア人の仲間とカルチェット(イタリア版フットサル)をやる日本人が集まり、イタリアではじめての日本人によるカルチェットチームも結成された。これは、当時話題になり、向こうの新聞にも取り上げられた。我々の日本チームは、試合にも本格的に出場したのだが、お察しの通り、本場はそんなに甘くはなかった。勝てなかった。いい試合も中にはあったが、やはりレベルの高さは、地元が群を抜いていた。

彼らは、日本人の代表として、よくイタリア人と交流していたと思う。なかなか行動を起こすのは難しいが、若い力と言うのは何かを生むのだなこれが・・・。3年目を迎えると、仲間達は、散り散りになり、イタリアに残るもの、他の国に行くもの、帰国するものその後の生活を左右する生活をって行くことになる。

出会って暫くして、彼らは、あるイベントに行くというのでその内容を聞くと、何とストリップを観に行くというのである。しかも、市立のスタジアム近くの体育館で催されるらしい。日本では考えられないことだが、イタリアではオープンにやるらしい。私は用事があって参加しなかったが、今から思うと一見すべきだったと後悔している。

このオープンな性に対する産業は、売春でもよくその性格を現している。夜になり、体育館周辺の駐車場には沢山の自動車が列を成す。お目当ては、そこに立ち並ぶ売春婦達を物色するためである。近くを歩くとよく彼女達から声をかけられたものである。私はそこまで手を出す勇気がないので、そそくさとその場を過ぎ去っていったが、外国人の中には触手が動いたものもいたことだろう。

今はどうなっているのだろうか、あの光景は・・・。恐らく変わるまい。男と女がいりのだから・・・。

野人
by yajingayuku | 2010-02-09 13:33 |