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イタリア紀行(42)

大家さんの息子、ルイージは頭がいい。音楽院を卒業した時の記念コンサートでは、ショスタコーヴィッチのチェロコンチェルトを演奏したそうである。未だに友達の間では演奏が素晴らしくて語り草となっている。その後、兵役にはつかず、図書館で奉仕勤務していた。それを終えて、彼はペルージア大学の文化人類学科を優秀な成績で出て、私が留学していた時には、哲学科にいてこれを難なく出た。ドイツのシュミットに関する論文を仕上げたそうだ。

彼のいつぞやの誕生日に日本語学習用のテープを贈ったことがあった。車の中で毎日聴いているらしく、時々わたしに日本語で話をする。イタリア人なのに、音楽学院在籍中にドイツに留学していたこともあって、ドイツ語が流暢で、日本語も覚えが早い。俗語、隠語を教えあうようになると、それを使いたがる。イタリア語で、乾杯する時の言葉は、「サルーテ」というが、「チンチン」ともいう。この「チンチン」は、日本語で男性のあれだと教えると、酒を飲むときはいつも喜んで連呼する。これは、パオロやメンキも同じで、この手の言葉に興味があるらしい。

そんな彼と年末にオルヴィエートまで車でドライブした。朝早くから行くと言うのでパオラは張り切ってパニーニを作ってくれたらしい。途中、湖の近くの空き地で、早めの昼食をとった。これはいける、とルイージ。生ハムとモッツァレッラが大量に挟み込まれたシンプルなものだがとても美味しい。外の冷ややかな空気と抜けるような青空は今も記憶に新しい。

オルヴィエートの頂に到着して、チェントロを抜け、ドゥオーモに向かう。ここで例のバールでコーヒーをやった。何でも、ここは彼にとって昔の彼女とよく来た場所らしく、懐かしいを連発していた。俺はブラブラするから、シニョレッリの絵を見てこいよ、と自由行動となった。私は、売店でチケットを買い、教会の中に入る。もうこの中も4~5回目の入場となる。シニョレッリの壁画の部屋で隈なくその絵を鑑賞することができた。
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ルイージは社交的で、弟のルーカは内向的で友達が多くない。彼等はお互いよくいがみ合うことが多かったが、内心それぞれを気にかけているのは傍にいてよく分かった。彼等はチェロ奏者どうしということもあり、ライバルでもあった。ルイージはよく友人とホームパーティーをすることが多かった。ポンティ・ヴァレチェッピというペルージア近郊の小さな町に、サンドロの所有するアパート兼工房があって、週末にはよくそこに皆集まった。参加者はめいめいが食べ物や飲み物を持ち寄り、マンマの料理に舌鼓を打つ。今はルイージの奥さんとなったマルタはよくマンマのデザートを持ってきていた。パスタはパオラお手製の「キタッラ」というギターの弦のような鉄線で作るものをよく食べた。私はと言えば、日本から送ってもらった、海苔やおかきを持っていった。海苔には一同ビックリ。わざわざ紙状にする必要があるのかと質問してくる。そこで、一度、おむすびを作って振舞ったことがあった。これに海苔を巻いて食べるんだと言うと、えらく一同納得していた。

ホームパーティーはその後も夜遅くまで続き、留学の後半には、日本人留学生や中国人留学生達とよくやったものである。酔っ払いが続出、えらい近所迷惑なことであったろう・・・。旅は恥のかきすて・・・。ゴメン・・・。

野人
by yajingayuku | 2009-09-12 00:19 |