夏の海だというのに、日本海の海は、エメラルドグリーンではなく、深い緑色をしている。
小さな漁港に通じる道を歩いていると、強烈な磯のにおいが鼻をつく。
両親が不仲になり、母方の郷里の島根県浜田市の唐鐘という漁村に引っ越して、1か月余りがたった真夏のことである。

白い砂地の道を歩いていると、民宿先の庭には木棚にワカメが干してある。1か月前には、気にも留めなかったが、ここのワカメがとても美味しいのがわかると、この棚のやつを横目で見て通ることが多くなった。今日はどれぐらい乾燥しただろうか、明日ならいいのか、といいころ合いになるのを待ちわびた。ある日、棚の前で眺めていると、民宿の玄関からお爺さんが出てきて、「よかったら、少しもっていきんさい」と声をかけてくれた。

「いいのん?でも・・・」

少し気が引けて突っ立っていると、お爺さんが、納屋から、ワカメの切れ端を袋に詰めて手渡してくれた。私が、叔父の所に来ているというと、あ~あそこの子かね、と満面の笑みになった。

嬉しくてたまらなかった。京都の中学校にも慣れだしたときに突然引越しすることになり、少し引っ込み思案になっていた私に、ワカメの味が、日本海の小さな漁村の慎ましやかな楽しみを提供してくれたのである。
この日の夕餉は、当然ワカメ尽くしである。酢の物、ジャガイモとの煮物、味噌汁、ワカメごはん、ワカメの卵焼き。母と妹と私、三人が小さな円卓で何かに耐えながらも、夏の夜の食卓に笑顔で向っている。蚊取り線香の煙が私の背後にたなびき、扇風機が首を振ってカタカタ音を立ててその煙の臭いをまき散らす。

浜田のワカメを食べているので、市販のワカメの類を食べるのは苦々しい思いである。あんな旨いものをもう一度といつも思うが、彼の地でも地元っ子でさえワカメの値段が高くて昔ほど頻繁に口に上らなくなったそうである。悲しい話である。

このワカメというのは、当然塩辛く、そのままでは食べにくいが、これをおむすびに巻いて、フガフガいってかぶり付くのがよろしいのである。お米には塩味をつけずに食べると、旨味とともに塩味がサッと純白のお米の味に広がる。ワカメとお米をかみしめていると、磯の香りが鼻の中いっぱいに広がってくる。これで十分である。

板状に干されたワカメをちぎりとり、おむすびに巻く。たったそれだけで、極上の味覚に出会える。

あ~あ、もう一度あのワカメが食べたい。
もしかすると、あの味はあの時にしか出会えなかったものかもしれない。
旨味のある塩味は何もワカメとお米の味だけではなかったのだろう。
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「毒蛇は急がない」

Bayartai!

野人

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# by yajingayuku | 2014-10-22 15:51 | 木陰のランプ

燃える

「ブォー、ブォー」

南国の夜の闇を一瞬輝かせる、炎。
燃焼剤を口に含み、勢いよく松明に向けて吹き付ける。
「ブォー」とサラマンダ―が奇声の後に口から炎をふき上げ、舌を出している紋章をどこかで見たように思うが、これを人間がやるのだから迫力は満点である。
ハワイのフラのショーの合間にたくましい体の兄ちゃんたちが、台地を踏み鳴らしたダンスをした後のことであった。

炎のイメージは破壊と創造である。破壊的なイメージは物を焼き尽くすそのパワーであるが、炎はその焼け跡の中から生命が誕生するイメージでもある。
フェニックス。不死鳥。自己の炎で焼かれてしまい死ぬが、その焼け跡から子供が生まれる。あるいは新しい自己に生まれ変わる。
鳳凰やフェニックスは吉兆の生き物である。そして、想像上の生き物だ。
炎は想像の翼を与える。その翼は鳥の姿態をとって現われる。

何もこんな激しいイメージだけが炎の持つ顔ではない。
画家、ジョルジュ・ド・ラ・トゥールのあの闇夜に仄かに輝く蝋燭の炎に手をかざし、皮膚を通過してくる美しい明りも、炎の「淡い」の色調を表現している。

蝋燭に炎が立ち、形をめまぐるしく変えて踊って、影と光が揺らめく暗闇の中で、お能が繰り広げられる。
この揺れから、あの世とこの世の間の揺れ、虚構と現実の間の揺れを感じ取った人もいるかもしれない。
この揺れは、お能だけではなく、太古の洞窟の中、中世の城の中、炭鉱の中にあって、あらゆる闇と結びついていたはずである。

この揺れだけが炎の持つイメージではない。
「冷たい炎」という言葉がある。メタンガスを含んだ氷は確かに「冷たい炎」かもしれないが、炎自体は熱いものだ、この場合。
そうではなく、詩文ではないが、熱くない炎のことである。
熱くない炎は、青白い色をしているとされている。赤色ではないのである。
赤い炎のように揺らめくが、光はどうみても明りを発していないように見える。
むしろこれは、青い影を産むのではないだろうか?

ビール1本で、ほろ酔いになり、卓上ランプの光を蝋燭の炎に模して、ボーっとしていたら、こんな文章ができてしまった。これでは、燃える魂でコンピューターのキーボードが発火してしまう文章は書けまい。
想像には酒がいるが、創造には酒はご法度である。
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「毒蛇は急がない」

Bayartai!

野人

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# by yajingayuku | 2014-10-21 20:53 | 木陰のランプ

なりきる

「かぶり続けていると似合うようになるものですよ」

どうしても昔から帽子というものが嫌だった。
幼稚園生の時には、お出かけするのに父が私に帽子をかぶらせようとするのだが、いつも嫌がっていた。

もう一つこの時の嫌な思い出がある。
朝起きて私の髪の毛に寝癖がつくと、父が寄ってきて、自分の唾を指につけて、私の髪の毛に擦り付けるのだった。父は、酔っていて酒臭かったので当然唾液も悪臭だった。私は当然泣きじゃくり、人の口臭が気になる子供になってしまった。
こんな状態で、帽子をかぶるものだから、においが帽子にも移ってしまう。

それから私は帽子をあまりかぶらなかった。
小学校へ行くときには野球帽をかぶったが、別に気にするものではなかった。
それが、イタリア留学から帰ってきて、冬場に、ニット帽をかぶったら、これが暖かく快適なので気に入ってしまった。
鏡に映るニット帽の私は、どこか不自然でまだ帽子が体の一部にはなっておらず、抵抗感を感じていた。

イタリアで出会った日本人の友人に言われた上述の言葉で、帽子にチャレンジする心がムラムラと湧いたのである。
それからというもの、外出時には、帽子がないと落ち着かないまでになった。
似合っているかどうか?・・・・・?

持続は存在に形を与える。
何か一つのことを続けて行うと、それがそのひとの一部になる。

金持ちになると毎日100回唱えると本当に金持ちになるかも・・・・眉唾ですが・・・・。
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「毒蛇は急がない」

Bayartai!

野人

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# by yajingayuku | 2014-10-20 15:42 | 木陰のランプ

靴欲

― 馬鹿の大足 ―
靴のサイズは29センチである。

「おまえ、なんてやつや、大きな足しよってからに」

京都の友達と会って、一杯飲み屋でひっかけ、帰り際に、靴を履こうとすると、後ろからいつもの声がする。
こう言われて、私は、昔から嫌な思いはない。むしろ、嬉しい。関西人の特有の親しみがこもっているからである。

故マルコス大統領夫人、イメルダの靴の収集が話題になったことがあるが、その保管庫の映像を見て、さほど驚かなかった。夫人とはいえ、権力と金銭を独占し、国運を担った影には膨大な靴が残されたわけだ。
私が同じように独裁的な人間と化したら、靴は第一に独占するだろう。
これは、靴への強い独占欲があるからであり、それは29センチというサイズの人間が、思い通りの靴を手に入れることができない不満から来ている。

「また、運動靴やないか~」

青年野人は、靴売り場で、イライラするのである。こんなに靴があるのに、俺にはたった1種類の靴しかない。これは不平等だ。俺が独裁者だったら、29センチの靴で世界を満たすのに!!!

妄想が膨らむ。靴のサイズで人種ならぬ靴種というカテゴリーを作り、29センチ以上の人間を優等靴種、28センチ以下の人間を2等靴種として世界の人間を分割する。20歳以上を有効年齢にする。

時代は変わった。サイズも。ネットを見れば、私好みの29センチは色とりどりである。
それでも物欲は収まらない。
この年齢でも、靴だけは沢山ほしいと思う。若い時の暗い影が差す。
帽子もほしい。眼鏡もほしい。パイプもほしい。

これで私もいい坊主になれるかもしれない。
潜在的な煩悩を抱え、人々に靴のありがたさを説く。

「靴は万人のために。万人の靴の、万人の靴による、万人の靴のための政治」
29センチの靴種制度の廃止。靴サイズの選択の自由。

たかが靴、されど靴。
これは豊かさの象徴なのでしょうか?

「靴の哲学」
こんなのを考えても面白いかも?
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「毒蛇は急がない」

Bayartai!

野人

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# by yajingayuku | 2014-10-19 21:08 | 木陰のランプ

情雨

基本、雨男である。
特別な外出時はそういうときが多い。

イタリアにいたときは、これが晴れ男だったからよくわからない。
小旅行で地方を回ると、雨ということがなかった。
曇りの時はあったけれど、土砂降りにはあっていない。

ただ、一度だけ、そぼ降る雨の中遺跡をくまなく歩いた憶えがある。

オルヴィエート。
このテーブルマウンテン状の町には、珍しくロープウェーがある。
駅に着いた時には雨が降り出していて、バスが止まっていたのでロープウェーには乗らないで頂上まで上った。

大聖堂、遺跡、博物館と息せき切って駆け回って、飛び込みで聖堂近くの安宿に泊まることにした。
いつものことだが、バールでパニーニをつまみ、コープでワインとサラミなどを買い込んで部屋に垂れ込めた。
この宿の客層を観察するとほとんどが若いカップルである。
隣のデラックスの部屋、私の部屋のような小さい部屋にカップルが入ってきたようだ。
ウォークマンでラジオを聴きつつ、サラミをつまみ、ワインをあおる。
ガタ、ゴトと周りの部屋から音がし始める。
何なのか、最初はわからなかったが、しばらくすると、男女の喘ぎ声が宿中に響き渡った。
ワインを2本目に取り掛かるころには、いい気分になっていたが、このBGMである。
身のやり場のないような落ち着かない気分になってきた。
共同トイレに行くときには、物音で行為が中断することがあったので、こちらは黙してただ飲むしかなかった。
外は非情にも大嵐である。外にすら出てゆけない。天井が回りだすと、知らずのうちに、酔って寝てしまった。

翌朝、快晴。受付で隣のカップルと笑顔であいさつした。幸せそうだ。
こちらは軽い二日酔いだ・・・・。

イタリアの若者には日本のようなラブホテルという施設がない。そのため、ウィークエンドに普通の安宿でことを済ますのである。宿がなければ、あとは車中しかないのである。
これを知った私は、この国の若者に深い親しみを感じるようになっていた。

雨が私に語ったイタリアであった。
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「毒蛇は急がない」

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野人

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# by yajingayuku | 2014-10-15 15:33 | 木陰のランプ

掘る人

見上げると、長方形の空と滑車のついた運搬用の木製の台しか見えない。

「時計がないから時間がわからん。外が暗いか明るいかだけやな~」

3メートル近く地中を掘ると、自分がタコにでもなったように、発掘坑がタコツボのように感じられる。昼飯時とトイレの時にいったん地上に出るが、それ以外は掘る、測る、掘る、測るの繰り返しである。交代で地上で土を運搬する時が心地よく感じられる。

イタリア人の友人からよく墓泥棒の誘いがあった。遺物の価値がわかるからという理由らしいが、どっこい、その手には乗らなった。イタリアの場合、たとえ博物館に収蔵されていても遺物が盗まれるということがある。いい小遣い稼ぎになるのだ。
研究者としてこれは許せない行為だった。
人間である。宝物を自分のものにしたいという欲望はある。
彼らは欲望で穴を掘るのである。

「オカマほられた」とはよく使う言葉だ。この「ほられた」というのは「男根でやられた」という意味と「惚れられた」という意味があるように思う。
女性の場合だと、「はめられた」となるのかな。
男性も、女性もあそこを「掘られた」ことになるようだ。

「やる」というのは、イタリア語で「トロンバーレ」という。「トロンボーン」という楽器を思い起こさせる。金属管を伸ばしたり縮めたりする姿は、日本語の「抜き差しならぬ」という言葉を連想させる。この言葉は「あれ」ができないほど重大な事態のことをさす。

穴を掘るのが何をいたすことにつながるなら、穴に入れることも同様の意味だ。
江戸時代の性戯として有名なのは、「リンの玉」である。
ちんちんかもかも。以前書きましたね。夫婦の仲睦まじい様のことだが、こんな二人が、夜な夜な「リンの玉」をする。
どうするのか?
女性のあそこの中に、小さな鈴を入れていたすのである。
男性の動きで、女性の中から「チリン」と音がするのである。

上の話を含めて、イタリア人の友人にこの「リンの玉」のことをいつか話したいものである。
どんな反応をするやら?

人間は、ホモサピエンスだけれども、また「掘る人」でもある。
さて、何を「ほる」かな?
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「毒蛇は急がない」

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野人

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# by yajingayuku | 2014-10-14 16:20 | 木陰のランプ

彷徨う

「♪は~なのみやこ~、こ~いのみやこ~、ゆ~めのぱらでいすよ~、はなのと~きょ~う♪」

カラオケで、私が唯一歌える歌だ(ただし音痴です)。

かれこれ30年ぐらい前に、滋賀の片田舎から脱出したかった。
予備校に通い、是が非でも東京へ行きたかった。
何故東京だったのか?
一旗揚げたかったといえる。青雲の志というものがあった。
今では、この志も放擲され、白雲に帰すような考えに変わってきている。

何処へ行っても同じだ。東京だろうと、京都だろうと、ローマだろうと、ニューヨークだろうと・・・・。
都会と呼ばれるまちは、表情は違うものの、住めば都となる。

では、田舎やアジアはどうか?
日本の田舎も、住んでみるといいものだ。
都会より自然に近い。喧騒がない。人がいない。

アジアは?
今の私には、アジア諸国に繰り出すほどのパワーがない。
地面に近い生活は憧れではあるが、現実的には実行に踏み切るほど柔軟な思考と行動力は持っていない。
アジア諸国には行きたい。汗みどろになってみたい。虫に刺され、跳ね起きたい。極寒に身を置きたい。
口の中で砂を噛んでみたい。潮水を飲んで吐き出してみたい。
こうしたい、ああしたい・・・・・。

自然と格闘する立場を希求する願望に対して、余りにもお決まりの、先進国といわれる、人の垢の付いた欧米のまちへの逃亡も、私の中にはある。これは否定できない。

じゃっ、何処ならいい?
これがわからないのである。
行きたいところ、旅行したところ、住みたいところ。何処なら、ここだといえるだろうか?

下田。来てよかった。十分すぎる。
旅でもしてはどうか?
うん。でも何かが私をここに留まらせている。
それは何か?何故なのか?

過去を振り返ると、ちょっとこんな自問をしてみたくなります。
旅に出たいですか?
それとも今のところで何かをしていたですか?

「われわれは何処から来て、何者であり、何処へ行くのか?」(ゴーギャンの絵でしたか・・・)
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「毒蛇は急がない」

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野人

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# by yajingayuku | 2014-10-13 18:43 | 木陰のランプ

水話(みずばな)再び

「一日2リットル以上の水分を摂るように」

これが私に対する処方箋の一つになった。
尿酸値が高く、現在でも薬を飲んでいるが、医師からはこのお言葉をもらい、以後15年以上にわたり、水あるいは麦茶を一日2リットル以上摂取している。
これは、夏でも冬でも変わらない。
最初は苦行だったが、半年たつと自然と飲めるようになった。
おかげで、尿酸値はうまくコントロールされ、腎機能もよく、血圧も低い。

水泳のコーチという水商売(?)をやっていたこともあり、水には縁がある。
プールで泳ぐというのは、世界でも経済的に豊かでないとやれないことだ。
温度管理、水質管理など管理された世界が必要になっているのがプールである。

「なんで、人間は水から進化してきたのに、また水に戻らなあかんねん!」
と友人が、大学の体育の授業でどうしても苦手な水泳をする羽目になって咆哮した言葉である。
よくわからん理屈だが、意外にこれも一理あるかもしれないと思ったことがある。
どう考えても、人間は海中から酸素を摂取して呼吸できない。
つまり海の中では陸上のように我々は呼吸できない。
これが人間にとって最大の障壁となっている。

水は人間に酸素を意識させる。ふつう空気の存在を意識しない我々は水によって空気の存在を意識する。

人の中にも、適所にいると生き生きする人がいるものである。「水を得た魚」。
「空気を得た人」とでもいうように、その場の空気で生き生きするのだ、人は・・・・。
こういう居場所というものが人には必要なのではないだろうか?
それは何処か?
ボードレールはかつて「この世のほかなら何処へでも」という詩を書いたが、彼も居場所を探していたようである、詩を書くことで・・・・・。

「うちのやつは空気のようなやっちゃ」というのは、なくてはならない存在という意味ですね。亭主の拠り所です。
酔って帰ってきた亭主には、水をじゃんじゃんかけてください。そのうち、アップアップして「空気」を求めますから・・・・・男の切ないサガです・・・・・。
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「毒蛇は急がない」

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野人

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# by yajingayuku | 2014-10-12 18:59 | 木陰のランプ

迷う

小学校1年になるかならないかの頃、私は自動車にはねられた。
京都の西大路八条の家から、児童公園、通称「三角公園」までは、小さな子供には遥か別世界の距離のように感じられた。
夕方、ひとりで帰宅の途中、どうしても大通りを渡る瞬間が来た。
いつもひやひやしていたが、そこには信号機がなかったので、自分のタイミングというのがいつもわからなかった。目の前に車と車の隙間ができたので、何も考えずに渡った。

「!」

目を開けた時には、目の前に沢山の人の顔が私の顔を見ていた。それも上から覗き込まれたていた。
病院で精密検査を受けたが別段異常はなかった。父におぶられながら、夜道をとぼとぼと進んでいった。

人生には、一瞬の判断が要求されることもあれば、少し考えてから判断することもある。

1か月に一度の出張というハードスケジュールをこなして、営業マンは関西方面を駆け抜ける。
時には、京丹後の峰山に出没し、ある時には奈良の信貴山の坂道を上り、またある時は和歌山の田辺の海岸沿いを歩く。
肉体的には若さゆえの忍耐があったが、精神的に追い詰められるようなことがあるものである。
仕事のオン・オフに余裕がなくなり、けじめがつかず、いつも仕事のゴーサインが出た状態だった。

水に戻ろう。
こう思って、営業マンをやめ、水泳のコーチになった。
このときの周囲の意見は辛辣なものだった。石の上にも三年。辛抱が足らん。やめるな、の大合唱であった。

大学院をやめるときは周囲から何の反対もなかった。精神的な病があったこともあるが、こういう場合の方が自分の判断というものが即断できないものである。何年もの潜伏期間があった。
いずれは一歩を歩まねばならなかった。

飛躍することがある。
そう自分の身の丈に合わなくとも、飛躍することができる・・・・。
非現実的でも飛躍する意志は持ちたいものです。
着地点?・・・・・飛んでからお考えなさい・・・・・・意外にどこでも着陸できるものです。

新しい跳躍のために・・・・。
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野人

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# by yajingayuku | 2014-10-11 20:24 | 木陰のランプ

溶ける

私は、どうしてもマカロンを食べる気にはなれない。
見た目は美しく、形も可愛いのだけれども、口で溶けていくあの感覚が駄目である。
何を食べているのかわからなくなる。
溶ける感じがいいものもあるが、どうしても味に馴染めない。
マカロンを買うのは安い買い物ではないが、食べるのならシュークリームやミルフィーユの方が私は好きである。

口どけでいいのは、綿菓子だ。
その雲のような様もいいし、瞬時に口の中でなくなるのがいい。
マカロンのように存在がしっかりしているのではなく、食べる前からなくなってしまいそうな綿菓子が好きで、祭りの屋台でよく買って食べたものである。

マシュマロもいい。これは好き嫌いがあるようだけれど、溶け方の過程がわかって楽しい。
友人で、焼いて食べる人もいるが、そのままの方が好きである。

最近では、あまりウェハスを見かけないが、私が好きなもののひとつである。
これも口の中で溶けるが、唇につくと、傷が剥がれるように唇にこびりついてしまう。
昔は、百貨店の食堂で、アイスクリームを注文すると必ずついてきたものである。
高坏のような形状の器に、半球に盛られたアイスにもたれかかるように飾られている。
私は、まずこいつから食べる。そしてアイスにゆく。

消えるもので言えば、氷菓子やアイスが代表的だろうが、アイスの食べ方として、カップ入りのやつは、私の場合、溶けかかったゆるい感じのアイスが好きである。
いわば、クリーム状のアイスが好きである。
だから、ソフトクリームは大好物である。

大学生の頃、後輩がソフトクリームを歩き食べしていたので、アイスクリームをくれといってもくれなかったので、走って彼を追い回したら、そのソフトクリームが土台のコーンの上から、地面に零れ落ちてしまった。
もう後の祭りである。拾って食べるわけにもゆかず、私も、彼も羨ましげに落ちて溶けてゆくアイスを眺めていた。
彼と会うたびにこの話になる。そして、私はいつも謝って、彼にアイスをご馳走するのであった。
食べ物の恨みは恐ろしいですからね・・・・お気をつけあそばせ・・・・・。
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「毒蛇は急がない」

Bayartai!

野人

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# by yajingayuku | 2014-10-10 13:41 | 木陰のランプ