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「貼る」

「貼る」

「はっ?」

あれは、幼稚園に上がる前のことだったろうか、朝起きて、洗面所に立ち髭をそる父の背中を見る。

剃り終わって、こちらを向くと、あごの辺りが切り傷になっていて血が出ている。

父は、躊躇することなく、タバコを1本取り出す。

すると、これを解体し始める。器用にタバコの葉を一つまみ指でつまみ、鏡を見ながら、あごの傷に貼り付ける。

「えっ?」

吸わないいんだ、と首をかしげる。

「貼る」_f0192635_20164128.jpg


後年、私がタバコを吸い始めたころ、同じことをしてみたことがある。

これが、傷口に強烈な痛みを伴うものであった。止血するが、我々の時代にはティッシュペーパーがあり、こんな痛い思いをせずに済むのである。

でも何故?

父は海軍出身で、戦後は貧乏だった。友人、先輩から教わったのか、安価で手っ取り早い、止血にはタバコがいいと思ったようだ。

タバコは便利だ、とよく父は言っていたが、このことだったのかもしれない。

これが私のタバコとの第一種接近遭遇だった・・・。


Bayartai!

野人
# by yajingayuku | 2015-09-06 20:16 | 木陰のランプ

占う

「占う」

今日はネットの占を見ると、何かを始めるのに最適な日、とあった。というわけではないが、ブログを再開しようと思う。

人生で一度だけ、夢が吉をよんだことがある。

大学受験二浪目。都内の私立大学を受験し、合格発表の前日の夜。

日本画に出てくるような、目の大きな黄金の龍が目の前を飛んでいる。

しかも音を立てて。さらさら、さらさら。

真冬なのに、起床した時には、全身暑くなっていた。

何とか大学の門を潜り抜けたが、未だにこの夢が頭から離れない。

どうやら私は
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龍は吉兆の表れだと思い込んでいる節がある。

古代ギリシアでは、巫女が夢を見て吉兆を占う風習があったという。

人生の1/3は眠っているのが人間。

これもひとつの現実か?

Bayartai !

野人
# by yajingayuku | 2015-09-02 23:04 | 木陰のランプ

銀杏

ビルの谷間を通る通りの銀杏並木が黄色く色づき、地面にその絨毯を編んでいるころには、行き交う人も、コートの襟を立てて足早に歩みを早める。

何処からともなく、聴いたことのある音楽が流れてくるが、耳をそばだてると、通りの向こうの、クリスマスのデコレーションがひっそり飾られた小さなショーウィンドーのある喫茶店の、開け放たれた入り口のドアの中がその発信源だとわかった。

惹き込まれた喫茶店の窓際のテーブルにつく。
「この曲はどこかで聴いたことがあるな・・・・」

ここ数年、残業に追われ、休みが取れず、ようやく貴重な休日が取れたが、この曲からこぼれ出る思い出は頭の中の片隅で干からびていたようだ。私は、あの時のように、眉毛を右指でもてあそびながら窓の外の銀杏の木を眺める。

「何になさいますか?」

不意を突かれて、店員の言葉に驚く。

「あの、この曲の名前なんでしたっけ」

店員は、注文とは違う返答で、虚を突かれたようになっている。

「あぁー、どうも失礼」

私は、彼女を金縛りのような時間から解放させるために、ビールを注文して頷いて見せた。

干からびた記憶の塊が、一口飲んだビールのおかげで、ふっくらと元の形に戻り始めるのが自分の中で確認できる。

大学生時代、憧れのアメリカを一人旅して、辺りは360度荒野の中で、バスを待っていることがあった。いくらハチャメチャな旅の原動力が、どうにでもなるわいという若者の思い付きだったということだけではこの状態から抜け出せないことは分かっている。
途方に暮れて、真昼間のギラギラした太陽にあぶられて座り込んでいると、広大な地平線を二分する一本道に一台の車がやってくるのが見えた。慌てて私は腕を振り近づいてくる車に止まるように合図する。幸運にも、車が止まり、この広大な大地に私と車の中にだけ影ができ、眩しい景色から車の中の明るさに目が慣れて現れた顔は、30歳代の金髪の女性であった。

「あの、バスが来なくて困ってるんです。どうか助けてください。近くの町まで連れてってくれませんか?」

彼女は、笑うと、頬に小さな窪みを作り、頷いた。
どれだけ走ったのか、時間のたつ感覚が失われそうだったが、太陽は確実に隠れようとしていた。
彼女は、この先の町で暮らし、丁度田舎から帰るところだったらしい。つたない英語で、私は感謝を述べ、日本のことや自分の生い立ちを話していた時に、気分転換に彼女がつけたラジオから音楽が流れた。

干からびた記憶に血の気が射し、眉毛をいじっていると、この曲があの時ラジオから流れていた曲だったことに気付く。

「ついたわよ。泊まるところあるの?どう、私の家に来る?」

突然の招待に私は、声が上ずったが、行き場のない境遇を考えるとこの申し入れは私が受けた救いに他ならなかった。

「この女性が、俺の別れた嫁さんになったとは、奇跡もいいところだな」
最後の一口のビールを飲み干し、口に着いた泡をふいていると、店内の音楽は次の聴いたことのない曲にかわっていた。

席を立って、勘定をしようとカウンターの一角に行くと、ビールを持ってきた店員が会釈をして待っていた。よくその顔を眺めると、その頬に、位置も形もあの時の女房になる金髪女性のそれと全く同じ窪みを作っていた。

「もしかすると、この人とは会ったことがあるのか?」内心、干からびて影ばかりが覆っていた心に明りが灯ったような、暖かな空気が背筋を撫でたが、出口のドアを開けた彼女が引きこんだ外気の冷たさにに我に帰った。

背中越しに閉まるドアの音を聞き、私は、コートの襟を立てて、晩秋の銀杏のトンネルを早足で歩いた。
「ビール一杯でこんなに酔うなんて・・・・・」
町には銀杏の黄色い雨が降っていた。
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「毒蛇は急がない」

Bayartai!

野人

# by yajingayuku | 2014-12-07 01:56 | 木陰のランプ

冬風

ヒュー、と風が泣く。
ここ下田は連日のように風が泣く。
特に、雨が降って、翌日が晴れの時は強風が吹く。

そういえば、こんな強風の島にいたことがあった。
喜界島。
車で30分もしないで島を一周できてしまう島。
信号機が一つしかない島。
周りは、太平洋と東シナ海に囲まれている。

なので、風を遮るものがない。
吹きっぱなし。
雨など降ろうものなら、本土の台風なみだ。

この風、塩を含んでいる。
そのために、金属は錆びる。
自転車は買って1か月ほどで、チェーンが硬くなった。
洗濯機もカタカタ音が酷くなる。

この塩を利用して、島の洞窟で、イタリア風の生ハムを作ってはと提案する人がいた。
でも実際には実現しなかったようだ。

この冷たい風の吹く頃、三鷹の駅から下宿先に帰る道で、サラリーマンがコートの襟を立てて、足早に家に向かう姿が思い浮かぶ。
赤ちょうちんを見つけると、このころの独特の風に乗って鼻に届く香りがある。
乾燥した、埃っぽい、でも自然の臭いではない、一種独特の町の臭いだ。

シューベルトの「冬の旅」を聴くと、この風や臭いを思い出す。
風には人を歩かせる力がある。
旅と風は兄弟だ。

そして、想像も郷愁も風に揺れて泣く。
春になれば、また風が吹く。
冬に別れを告げて・・・・。

「東風吹かば匂いおこせよ梅の花、主なしとて春を忘るな」
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「毒蛇は急がない」

Bayartai!

野人
# by yajingayuku | 2014-12-03 20:37 | 木陰のランプ

5メートル

短距離のスイマーにとって、あとゴールまでの5メートルのラインがとてもつらい。
ほんの5メートルだが、永遠の5メートルなのである。

「じゃ、5時に」

そういって彼女は電話を切った。
大学を卒業して、1年がたつが、お互いに都内に住んでいるとは言っても、仕事が忙しくて会う時間がなかなかつくれない。

彼女とは、大学3年生の時に、付き合い始めた。
秋の夕暮が辺りを琥珀色に染めはじめたころ、大学構内を歩いている彼女の後姿を見つけて、心が落ちてしまった。
その姿が私に永遠の虚像を投げかけた。

彼女には男がいた。
それも小学生の時からの幼馴染で、家の近所に住んでいる。
しかも、その彼は、医学部生。エリートである。

どう逆立ちしても、どん底の私には世界の違う人間だ。
外見上は勝ち目がない。

その日のデートは、馴染の居酒屋だった。
常連のお客さんとも意気投合し楽しい時間が作れた。
時間が遅くなり、電車の時間も無くなるので、彼女を送りに駅へ向かった。

「私、ま~つわ、いつまでも、ま~つわ」
とこんな歌を道すがら歌い始めた。

私は、ためらった。ただの歌なのか、誘いの歌なのか?

その時は、その場で別れた。意気地がなかった。強引さが・・・。

プールのあと5メートルは自分との闘いである。躊躇することなく体を動かすだけである。

しかし、人との5メートルには躊躇する。
素直になり、当たって砕けよ、という意気込みがなかった。
何か醒めたところをもつようにと自分に言い聞かせたふしがある。

人との5メートル。今、それが0メートルにできる自分がいるとは思えない。
こんな、舌足らずな、意気地なしの、でもちょっとホットな小男(?)もらいてないかな?

今夜は、焼酎の水割りで、着火、見事にモクモクと熱くなりました。
いや~、もっといい文章が書きたい。
ぶつくさの夜でした。
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「毒蛇は急がない」

Bayartai!

野人
# by yajingayuku | 2014-11-30 19:19 | 木陰のランプ