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銀杏

ビルの谷間を通る通りの銀杏並木が黄色く色づき、地面にその絨毯を編んでいるころには、行き交う人も、コートの襟を立てて足早に歩みを早める。

何処からともなく、聴いたことのある音楽が流れてくるが、耳をそばだてると、通りの向こうの、クリスマスのデコレーションがひっそり飾られた小さなショーウィンドーのある喫茶店の、開け放たれた入り口のドアの中がその発信源だとわかった。

惹き込まれた喫茶店の窓際のテーブルにつく。
「この曲はどこかで聴いたことがあるな・・・・」

ここ数年、残業に追われ、休みが取れず、ようやく貴重な休日が取れたが、この曲からこぼれ出る思い出は頭の中の片隅で干からびていたようだ。私は、あの時のように、眉毛を右指でもてあそびながら窓の外の銀杏の木を眺める。

「何になさいますか?」

不意を突かれて、店員の言葉に驚く。

「あの、この曲の名前なんでしたっけ」

店員は、注文とは違う返答で、虚を突かれたようになっている。

「あぁー、どうも失礼」

私は、彼女を金縛りのような時間から解放させるために、ビールを注文して頷いて見せた。

干からびた記憶の塊が、一口飲んだビールのおかげで、ふっくらと元の形に戻り始めるのが自分の中で確認できる。

大学生時代、憧れのアメリカを一人旅して、辺りは360度荒野の中で、バスを待っていることがあった。いくらハチャメチャな旅の原動力が、どうにでもなるわいという若者の思い付きだったということだけではこの状態から抜け出せないことは分かっている。
途方に暮れて、真昼間のギラギラした太陽にあぶられて座り込んでいると、広大な地平線を二分する一本道に一台の車がやってくるのが見えた。慌てて私は腕を振り近づいてくる車に止まるように合図する。幸運にも、車が止まり、この広大な大地に私と車の中にだけ影ができ、眩しい景色から車の中の明るさに目が慣れて現れた顔は、30歳代の金髪の女性であった。

「あの、バスが来なくて困ってるんです。どうか助けてください。近くの町まで連れてってくれませんか?」

彼女は、笑うと、頬に小さな窪みを作り、頷いた。
どれだけ走ったのか、時間のたつ感覚が失われそうだったが、太陽は確実に隠れようとしていた。
彼女は、この先の町で暮らし、丁度田舎から帰るところだったらしい。つたない英語で、私は感謝を述べ、日本のことや自分の生い立ちを話していた時に、気分転換に彼女がつけたラジオから音楽が流れた。

干からびた記憶に血の気が射し、眉毛をいじっていると、この曲があの時ラジオから流れていた曲だったことに気付く。

「ついたわよ。泊まるところあるの?どう、私の家に来る?」

突然の招待に私は、声が上ずったが、行き場のない境遇を考えるとこの申し入れは私が受けた救いに他ならなかった。

「この女性が、俺の別れた嫁さんになったとは、奇跡もいいところだな」
最後の一口のビールを飲み干し、口に着いた泡をふいていると、店内の音楽は次の聴いたことのない曲にかわっていた。

席を立って、勘定をしようとカウンターの一角に行くと、ビールを持ってきた店員が会釈をして待っていた。よくその顔を眺めると、その頬に、位置も形もあの時の女房になる金髪女性のそれと全く同じ窪みを作っていた。

「もしかすると、この人とは会ったことがあるのか?」内心、干からびて影ばかりが覆っていた心に明りが灯ったような、暖かな空気が背筋を撫でたが、出口のドアを開けた彼女が引きこんだ外気の冷たさにに我に帰った。

背中越しに閉まるドアの音を聞き、私は、コートの襟を立てて、晩秋の銀杏のトンネルを早足で歩いた。
「ビール一杯でこんなに酔うなんて・・・・・」
町には銀杏の黄色い雨が降っていた。
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「毒蛇は急がない」

Bayartai!

野人

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by yajingayuku | 2014-12-07 01:56 | 木陰のランプ

冬風

ヒュー、と風が泣く。
ここ下田は連日のように風が泣く。
特に、雨が降って、翌日が晴れの時は強風が吹く。

そういえば、こんな強風の島にいたことがあった。
喜界島。
車で30分もしないで島を一周できてしまう島。
信号機が一つしかない島。
周りは、太平洋と東シナ海に囲まれている。

なので、風を遮るものがない。
吹きっぱなし。
雨など降ろうものなら、本土の台風なみだ。

この風、塩を含んでいる。
そのために、金属は錆びる。
自転車は買って1か月ほどで、チェーンが硬くなった。
洗濯機もカタカタ音が酷くなる。

この塩を利用して、島の洞窟で、イタリア風の生ハムを作ってはと提案する人がいた。
でも実際には実現しなかったようだ。

この冷たい風の吹く頃、三鷹の駅から下宿先に帰る道で、サラリーマンがコートの襟を立てて、足早に家に向かう姿が思い浮かぶ。
赤ちょうちんを見つけると、このころの独特の風に乗って鼻に届く香りがある。
乾燥した、埃っぽい、でも自然の臭いではない、一種独特の町の臭いだ。

シューベルトの「冬の旅」を聴くと、この風や臭いを思い出す。
風には人を歩かせる力がある。
旅と風は兄弟だ。

そして、想像も郷愁も風に揺れて泣く。
春になれば、また風が吹く。
冬に別れを告げて・・・・。

「東風吹かば匂いおこせよ梅の花、主なしとて春を忘るな」
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「毒蛇は急がない」

Bayartai!

野人
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by yajingayuku | 2014-12-03 20:37 | 木陰のランプ