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5メートル

短距離のスイマーにとって、あとゴールまでの5メートルのラインがとてもつらい。
ほんの5メートルだが、永遠の5メートルなのである。

「じゃ、5時に」

そういって彼女は電話を切った。
大学を卒業して、1年がたつが、お互いに都内に住んでいるとは言っても、仕事が忙しくて会う時間がなかなかつくれない。

彼女とは、大学3年生の時に、付き合い始めた。
秋の夕暮が辺りを琥珀色に染めはじめたころ、大学構内を歩いている彼女の後姿を見つけて、心が落ちてしまった。
その姿が私に永遠の虚像を投げかけた。

彼女には男がいた。
それも小学生の時からの幼馴染で、家の近所に住んでいる。
しかも、その彼は、医学部生。エリートである。

どう逆立ちしても、どん底の私には世界の違う人間だ。
外見上は勝ち目がない。

その日のデートは、馴染の居酒屋だった。
常連のお客さんとも意気投合し楽しい時間が作れた。
時間が遅くなり、電車の時間も無くなるので、彼女を送りに駅へ向かった。

「私、ま~つわ、いつまでも、ま~つわ」
とこんな歌を道すがら歌い始めた。

私は、ためらった。ただの歌なのか、誘いの歌なのか?

その時は、その場で別れた。意気地がなかった。強引さが・・・。

プールのあと5メートルは自分との闘いである。躊躇することなく体を動かすだけである。

しかし、人との5メートルには躊躇する。
素直になり、当たって砕けよ、という意気込みがなかった。
何か醒めたところをもつようにと自分に言い聞かせたふしがある。

人との5メートル。今、それが0メートルにできる自分がいるとは思えない。
こんな、舌足らずな、意気地なしの、でもちょっとホットな小男(?)もらいてないかな?

今夜は、焼酎の水割りで、着火、見事にモクモクと熱くなりました。
いや~、もっといい文章が書きたい。
ぶつくさの夜でした。
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「毒蛇は急がない」

Bayartai!

野人
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by yajingayuku | 2014-11-30 19:19 | 木陰のランプ

体は語る

「いい耳しとるな」

3歳ぐらいのことだろうか。夕方になると、父がお世話になっていた、京都の地元の旦那衆が我が家にやってきた。
一しきり、世間話をして、笑顔が絶えないのだが、その終わりごろに、決まってその一人のスキンヘッドのオヤジさんの頭を、ペンペンと叩いたものだ。そして、母と父からこっぴどく叱られるというのが夏の夕方の恒例行事だった。

そのオヤジさんから、私の顔を見つけるといつもこういって私の耳を触ってくるのである。
後々、中学校の友人から、耳たぶが下がっているから、その耳は散財する相だと教えられた。

この中学生時代の友人とは、クラスも同じで、剣道部に所属していた。
我々の時代で、何とか廃部だった剣道部を再興して同志を集めた。
半年たつと、女子部員3人が入部するまでになった。

この女子からは、その頃はやっていた「交換日記」というものを誘われて、しばらくやることになった。
日記の中に、私の指が白魚のように長くて綺麗だという記述があった。
白魚のような、という言葉で自分のことを褒めてくれる。
こんなことは生まれて初めてのことだった。しかも同世代の後輩の女子からである。
嬉しくないはずがない。

それ以来、時々、夜のとばりが降りて、ランプの光で自分の指を眺めることがある。
ナルシズムというよりは、不思議な気がするのである。
自分にはその良さが少しわからない。
男としては、もっとガッシリした、毛も生えていてゴツゴツしたのがいいのではないかと個人的に思うのである。

「背が高くていいわね」

こういう言葉をよく耳にする。
でも、心中では、余りいい思いをした思い出が見当たらないな、とつぶやく。
頭をしょっちゅうぶつけるし、若い時は、サイズの合う気に入った服や靴がなかった。

「えくぼのできる男の子って、エッチなのよ」

と小学生の時、クラスメイトから言われたことがある。
私には、右頬に大きなえくぼが浮かぶ。
昔から、どうも気に入らないものだったが、この言葉は当たっていると思うのである。
にゃり、とするとこのえくぼが目立つからである。
ということはしょっちゅうえくぼが浮かぶ私は根っからのスケベなのであろう。

イタリアで、夕景の遺跡の中で、一人ほくそえんでえくぼをつくる。
これは、古代に淫していることの証なのかもしれない。
私の夕焼けとえくぼ・・・・・・。
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「毒蛇は急がない」

Bayartai!

野人
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by yajingayuku | 2014-11-21 23:24 | 木陰のランプ

霧の中から

今思い返すと不思議なこともあるものだと思う。

イタリアの片田舎のアパートで日本人の友人と、他愛もない話をして、料理を作り合い、しこたまワインを飲んだ挙句、夜中の3時ごろ、30分はかかるであろう自分のアパートに帰らねばならない日が幾日か続いた。

哲学、歴史、文学、恋愛、食、人生。
片っ端から思いつく主題で感想を述べ合う。
でも、これを毎日やっても飽きるということはなかった。

「うー寒い!」

晩秋の中世のイタリアの町は、石の皮膚を持つ巨大な冷蔵庫のようだ。
アパートの外を出ると、一歩も歩かない先から、霧が全身にまとわりつく。
吐く息も、霧と同属の白い気体となって、車のライトに照らしだされると、溶けあうのがよくわかる。

「中世の霧は、ペストを運んできたんだよ。霧には2種類あって、いいのと悪い奴があるんだ」

先日、友人のルイージから聞かされていた霧の話が頭をよぎる。
彼の言い分では、霧は生き物のようである。何処からともなく現れ消え去る謎そのものである。

「これをみんな知ってるから、夜の霧の中をあまり人は歩かないのだろうか?」

そんなことを自問しても夜中の3時である、誰も歩くものなどいないのは当然である。
こんなことでも絶えず自問していなくては、この奥深い霧の沈黙の世界を歩くのは至難の業だ。
孤独感が、石造りの堅牢な建物の無機質な冷たさから零れ落ちてくる。

アパート近くの大きなカーブを下りながら歩いていると、少し霧が晴れた先から、ひとりのひげを生やした老人が帽子をかぶって黒いコートを着た姿でこちらに歩いてくる。

石と霧と闇と明りとしかない歩道から、現実に連れ戻されたようだ。

「えっ、なんでや。こんな時間に」

とはっとなった瞬間、彼は私の横を通り過ぎてゆく。

振り向いたものか、振り向かないでいようか。

戸惑いが一瞬あったが、結局、後ろを見た。

「うっ」

いないのである。

振り向くと、右に坂の下に降りてゆく階段があるが、そこを降りたのだろうか?それなら、こちらを上がってくる必要はあるまい。先にはほかに道はない。

「?」

「あっ」

と思って小走りに歩きアパートへ向かう。

この日は眠れず朝を迎えた。

その日の夕方、大学から帰って、夕食を済ませてベッドで一服していると、電話のベルが鳴った。

「Allo、あぁー」妹からである。

少し涙声で、「おばちゃん、死んだ」

詳しく聴くと、祖父が死んだ翌日、つまりその朝、伯母が亡くなった。

老人の話と身内の不幸を結びつける根拠もなければ、確かめようもないが、未だにこのエピソードは深く記憶に残っている。
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「毒蛇は急がない」

Bayartai!

野人

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by yajingayuku | 2014-11-17 21:34 | 木陰のランプ

拾う神あり

ローマ以北に、タルクィニアという小さな町がある。
イタリアの山奥から降りてきた私は、ここに着くのに半日を費やした。
秋の夕暮は早い。

宿を町の奥の方にある小さなホテルに決めて、考古学博物館に向かう。
博物館は古色蒼然とした建物だが、室内展示は清潔感があり、照明も的確である。

墳墓内部の再現室をガラス越しに見ることができ、じっと佇んで眺めていると、髪の毛の薄い、痩せこけた長い顔の、背の高い中年の男が話しかけてきた。

「日本人かい?」
「そうです」
「観光できたの?」
「いえ、僕は、エトルスキを研究しているんです」
「ほーう・・・」

男は、視線で、壁画の方に私が視線を移すように合図する。見ると、両手を広げて踊る、鮮やかな薄い青色の、裸体が透けて見える服を着た青年の画があった。

「写真、存分に撮ってくれ」
「ありがとうございます」

幾枚か写真を撮り、館内の遺物を鑑賞する。
「ボッコリスの壺」。「フランソワのクラテール」。
日本で憧れであった遺物たちが目の前にあった。

男に礼を述べ退館しようとすると、男はニコリともせず話し始めた。

「どうだ、呑まんか?」
「いいですけど・・・・」
「7時にこの近くのバールで」
「はい」

外に出ると、暗がりに、これまた有名な石棺があった。もう収蔵する場所がないようだった。それだけ、遺物が多いのだろう。

ホテルに帰り、ピッツァ屋で食事することにした。サラミがいっぱいのったのを注文して、ビールで腹に流し込む。

部屋に帰り、窓から、沈む夕陽を眺める。ティレニア海(「エトルスキの海」の意味)にまた陽が沈む、彼らの見た夕陽が・・・。

暗がりの町をとぼとぼ歩きバールにゆく。
バールの止まり木にはすでに男が腰かけていてビールを飲んでいる。

「何にする?」
「うーん、グラッパを・・・」
「ほーう」

私が知る日本人の研究者とは友人であること、お前のように日本人でエトルスキをやっているやつは珍しいこと、そして何よりも一人で遺跡を巡るやつも珍しいことなど話し、杯を重ねる。

「ホテルの部屋とったのかい?キャンセルしろ。俺の家に来い。自分の家だと思って泊まっていけ。腹は減らないか?何なら俺が作ってやる。これがいい、こうしろ、それがいい・・・・」

結局、泊まらないが、家に行くことになった。
町の坂を少し下ったところに彼の一軒家があった。
台所のテーブルを挟んで椅子に座り、また酒宴が始まる。

夜中の1時ごろになり、そろそろホテルへ帰ることを伝えた。

「もう帰るのか?1週間ぐらいいればいいじゃないか?遠慮はいらんぞ・・・」

私は彼の厚意に感謝し、礼を述べて、家を出た。
坂を上り、後ろを振り返ると、少し私の後を追うようについてきてまだ手を振ってくれていた。

彼は、足が悪く、びっこをひいている。その横に揺れる彼の姿は、坂の上でその姿が見えなくなっても続いていただろう。
闇が支配する中で、電燈のささやかな明かりが、私の足元を照らしていてくれる。
このささやかさが私には、目にまぶしいだけではない、涙を誘った。

また私は救われた。

あー。蝋燭に火がともるように、ビールひと缶で思い出が発火してしまった。
タルクィニアの夕日の黄金色のように・・・・・。
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「毒蛇は急がない」

Bayartai!

野人

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by yajingayuku | 2014-11-16 22:06 | 木陰のランプ

琥珀色の時間

「夕陽のガンマン」。この「の」という助詞は、主格でもないし、所有の意味があるのでもなく、形容の意味があるが、どうも文法的に分類できないようである。「夕陽を背にした」とか、「夕陽を浴びた」とか、「夕陽のように燃え上がる情熱を持った」とか、とかく説明がいる。

むしろ、「夕陽」というものがそのように表現の奥深いものであることを物語っているのかもしれない。

黄昏時に、ホテルの止まり木で、ドライマティーニを注文し、一口飲むと、この輝く太陽の光で、体に酒精がまわり、血流が開かれ、地面の土に体を埋める重力感と肩から自分の分身が抜け出るような浮遊感を同時に味わうことになる。

サクラメント川。ゴールドラッシュにわき、濁った流れを作る川面にも黄昏が落ちる。
小太りの中年の東洋人が、まだ到着したばかりだというのに、もう川に体を入れて、一心にルアーを操る。
「シュッ」「ボチャ」と竿と釣り糸が空気を切り裂き、ルアーが川面に風穴を開ける。
投げては引き、投げては引き。この姿は永遠なのだろうか、と彼は思う。
その永遠の光景は、川面を照らす黄昏の琥珀の光だ。
眩しさで、どこにルアーを投げているのか、はたまた自分が何をしているのかわからなくなってくる。

彼は、今日の出来をランプのともる寝室で、黄昏色のウィスキーを味わいながら反芻する。
「西洋の没落」。「カルタゴ帝国の滅亡」。いずれも、燦然と輝いた巨星が、地平線上に落ち行く燃える石に変わったものだ。永遠は甘美を伴い、脆く崩れゆく太陽だ。
「俺は水平線に落ちるのだろうか?」。

夕陽がかくも甘美なのは、輝かしい太陽への憧憬ではなく、夜があるからだ、と彼は直観している。

朝、昼、夜。そしてまた、朝、昼、夜。この循環だけがある。

誕生、生、衰退、死。これもまた繰り返しである。

夕陽は、この繰り返しを暗示する人の心の変化に作用する、一滴のスピリッツである。

「雨の日は黄昏の夢を見て、晴れの日には夜の闇を夢見る」
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「毒蛇は急がない」

Bayartai!

野人


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by yajingayuku | 2014-11-13 19:17 | 木陰のランプ

うたたね

けたたましいエンジン音を立てて、一艘の船がアマゾン川を遡上する。ふと気づいて、景色を見返すが、何時間たっても遥か彼方にはジャングルの水平線が見えるだけである。
真夏の灼熱の太陽を避けて、両壁のない船室に入る。
そこにはベッド代わりに、まるで繭玉のようにハンモックが吊らされている。

皺だらけのまだ30歳という、老婆のようなおかみさんさが赤ちゃんに乳を与えつつ、その上でくつろいでいる。
河からの涼しい風が彼女の足辺りを撫でている。

ひとりの小太りの中年の東洋人が、つばの短い涼しげな麦藁帽を目の辺りまで隠して被り、口にはタンカードのパイプを咥えて、腹には読みかけの本を開いて伏せたままのせて、彼女と同じように、体をすぼめたようにして横たわっている。
アマゾネスの涼やかでまろやかなそよ風が彼の足の裏をくすぐり、時々指をチョコチョコ動かしているのが見える。

彼は、夢現でエンジン音を聞いている。この世なのか?あの世なのか?

懈怠とも言えず、恍惚ともいえない、ぬるま湯に浸る感覚は、日本の真夏の窓際で、夕陽の中でウオッカをやっている時に、彼が記憶の中から呼び覚ますことのできる懐かしさとなる。

彼の味わう弛緩は、音楽でも訪れた。
ネットで買った、ヒーリング・コレクション「癒」のCDは、肩の辺りに浮遊感をもたらした。
二胡の響きを聴いて、日本の三味線、中央アジアやギリシア、アラブの弦楽器の響きを想像できるだろうか?
彼にはできた。
東西の弦楽器の響きは、聴き比べると、地球を一周するような一大絵巻のように感じられた。

世界をめぐると、異なった、目、鼻、舌、耳を備えたようになる。
ところが、笑顔ときたら、また泣き顔ときたら、これはそれぞれ同じ皺があるのである。
彼は、この皺を求めて歩いていたのかもしれない。

旅人の見る人には顔があった。あの顔、この顔、はたまたこの顔・・・・・・。

また、ビール一杯で、イマージュを見てしまった。弛緩のイマージュを・・・・・・。
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「毒蛇は急がない」

Bayartai!

野人


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by yajingayuku | 2014-11-12 19:18 | 木陰のランプ

転々と

昨日、実家のマンションから荷物が届き、下田に完全移籍が完了した。一年以上見なかった自分のものがとても懐かしく感じられた。これで、実家は完全消滅した。

引っ越し。何回しただろうか?
先ず生まれて半年足らずで、出生地の島根県江津市を離れて、小学4年生まで京都市内で暮らした。
そして、市内から、京都府の城陽市に移ったのが、本格的な引っ越しだったように思う。
京都の片田舎に移り、その地で「オイルショック」も味わった。

何回も書いているが、両親の不和で、母の郷里であり、私の出生地でもある島根県に中学1年生で移った。
半年ばかり、寒村で暮らし、両親がまた結ばれて、今度は滋賀県の草津市に居を構えることになった。
ここと別に京都の太秦が引っ越し先の候補にあがっていたけど、心機一転、わが家族は琵琶湖のほとりを選んだ。

大学受験に2度失敗し、1984年に大学に合格、東京の三鷹市で下宿生活することになった。
毎朝、土曜日も、日曜日も電車に乗り、都心を目指したものである。

大学卒業後、水泳のコーチをするために、横浜の市が尾で生活を始めた。
この地で、人妻と出会ったのですよ、ほんまに、よーやりますわ・・・・。

それで、懲りたのか、実家のある草津に引っ越すことになった。
都落ちと、言われたこともある。
だが、やりたかった学究の道へと進んだ。

そして、ようやく、1996年6月に、イタリアへの遊学となる。
イタリアのペルージアには3年半、じっと一か所に住み続けた。

1999年12月には1か月半東京で、通訳の仕事で、銀座のホテルで投宿し、ようやく実家の草津市に戻ることとなった。

2004年には、酒造会社に就職して、鹿児島県の喜界島で生活した。
病気が再発して、実家と喜界島を行ったり来たりしたが、結局、また実家に戻った。

そして、2013年11月から下田の焼き鳥「松尾」さんの上、3階に居を構えて現在に至る。

常々、性格上、腰の重い人だと、自分のことをイメージしていたが、案外、今まで彷徨っていたのだな、と感じる。

幸運なことに、家主さんには恵まれ、引っ越しが楽しかったことだけは確かである。

今度は、しばらくバーチャル引っ越し、バーチャル旅になりそうである。

これから、どれだけ旅ができるだろう?
ワクワクしてくる。

「わたしをどこかに連れてって」。スキーではないよ・・・・・くれぐれも、未知の地へ・・・・・。
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「毒蛇は急がない」

Bayarati!

野人

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by yajingayuku | 2014-11-10 19:02 | 木陰のランプ

ローマの秋の太陽は早い。
おやつの時間を過ぎると、もう町の色がビール色に染まる。

ボルゲーゼ公園近くの路地裏のアパートの一室で、コーヒーを淹れ、窓際の、肩幅ぐらいの、小さな机の椅子に腰かけた。

椅子の背にもたれかかると、重力とは逆に、少し浮力に似た解放感が、肩辺りに感じられてくる。

サビネリのストレートパイプにラタキアの葉を詰め、百円ライターで火をつける。
獣臭の独特の香りが、煙とともに顔にやってきた。

視線を窓の外に向けると、向かいのアパートの壁に琥珀色の夕日が照り付けているが見える。
レンガ造りの壁面には、葡萄のつるのような蔦が二筋長く、一つの窓に伸びている。
蔦の葉は光でルビー色になっていた。

ふと窓を見ると、頬杖をついた女の顔があった。
髪は黒く自然なカールを描き、まつ毛の濃い大きな瞳で窓の外を見ている。
じっと空(くう)を見つめている。朧な瞳は、何かを見つめているようであるが、何も見ていないようでもあった。

煙が細い糸を引いてきた。
タンパーで火を消し、もう一度パイプに火をつける。

目の前の煙が退くと、今まであった窓際の女の顔はもうなかった。

アパートの壁にも、蔦の葉にも闇が覆いつつあった。

「この世から隠されたもの」が再び閉ざされる。

夜がやってくる。
夜のしじまに隠されたもうひとつの顔を見せる時間だ。

パイプをくわえたまま、腕を伸ばし、机のランプに明かりを灯す。
そして、椅子の肘掛けの左腕に体重をかけ、右手でパイプを包んだ。

さて、どんな瞳が見えてくるだろう?
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「毒蛇は急がない」

Bayartai!

野人

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by yajingayuku | 2014-11-07 22:16 | 木陰のランプ

母帰る

「マンマに電話しなきゃ!」

イタリアから帰国後すぐに東京でイタリア語―日本語の通訳の仕事があった。1か月半帝国ホテルで缶詰め状態だった。
丸の内界隈を電飾で飾るその仕事は、イタリア南部の伝統的な職人技が生かされた華やかなものだった。

一日の仕事が終わると、スタッフみんなで夕食となるのだが、その中のひとりこの言葉を発したアレッサンドロ君は20歳代後半の小柄だが心底明るい性格で、どことなく太ったトム・クルーズのように彫りの深い顔立ちをしている。
彼は夕食前の集合時間に必ずこういって、母親に電話をする。
彼女もいるのだが、真っ先にマンマなのだそうである。

イタリアの片田舎で下宿していたお宅の息子さんに、チェロ奏者のルーカというのがいた。
気難しがり屋だが、大のお母さん好きで、人前でも「マンマキスしていい」とお伺いを立てるのである。
とうに二十歳を過ぎてもこの状態は抜けないらしい。

そういえば、映画「グラン・ブルー」の中で、ジョン・レノが演じるイタリア人も母親が絶対的な存在として描かれていた。

イタリアでは、このようなお母さん一遍どうのことを、「マンミズモ」という。つまり、マザコンのことだ。

誰かが、男はみんなマザコンだ、といっていたが、そういうふしが男性にはあるものだ。
でも女性にもマザコンというのがあると思う。ママがいないと何もできない女性もいるのではないだろうか?

そういうことからいえば、母親と子供の間の関係は、父親よりも深いものがあるかもしれない。
子供を産む、という父親にはできないことを経験していて、しかし父親もその母親を知っているように、深いものが母親にはある。

母を失って初めて、男も女もそこへ帰ってゆくものかもしれない。

そういえば、アニメには度々、母を訪ねる少年や蜂の話がありますね。
老若男女、何だかほろりときてしまいます。
みんなわかっているんですね・・・・マンマのことが・・・・・。

女神というものは、結局、母への崇拝なのでしょう・・・・・マリア様も含めて・・・・・。

「この世に生まれたからには、あなたには母がいたということなのです」
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「毒蛇は急がない」

Bayartai!

野人

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by yajingayuku | 2014-11-05 20:44 | 木陰のランプ

ラーメン

あれは真冬の頃のことだった。

「ラーメン食べにいかへん?」

そう友人が、夜半前に電話をかけてきた。
寝間着姿にダウンジャケットを着込み、サンダル履きで彼の家にゆく。

では、ということで、寒風吹きすさぶ中、武蔵野の夜道をさまよう。
彼のアパート近くのラーメン屋はもうすでに閉まっていたので、青梅通りなら何か深夜でラーメンをやっているところがあるだろうとまたとぼとぼ歩きだした。

「吉祥寺でええーんちゃうん?」
そういって早く食べようと彼に催促する。

「いや、荻窪や。それがええ!!!」
そういって、人のいうことを聞かない。

「しゃ~ないなぁ~」
ここまで来たら、何処でも行きましょうという気にさせるから、彼は不思議な魅力がある人物である。

「荻窪、全部閉まってるやん!!!」
二人とも溜息しか出ず、足のつま先が凍えていて、感覚がなくなりはじめた。
そのまま、東へと向かう。

「えっ、新宿やん!!!」
そうなのである。新宿の高層ビル群が明りをちらつかせながら我々を出迎えている。
ビル風がひときわ氷のような厳しさで服の隙間から入り込んでくる。

「おっ、雪やでー!!!」
何と追い打ちをかけるように雪が降り始めたではないか。

もう後戻りはできなかった。このまま四谷の大学の教会まで行こうということになった。
教会は暖かった。大学の授業が始まるまでここでしばし休むこととなった。

三鷹から四谷まで。徒歩で5時間。

何故こんなことになってしまったのか?
何故引き返さなかったのか?
何故妥協しなかったのか?

我々二人は、この時すべてがONだったのだ。Vamos!!!だった。脈絡などない。
何がそうさせたのか・・・・わかるようでわからないままだ・・・・・。

その友人もこの世にいない。
さみしいものだ。こんなことができる人間がいたのである。

ほとばしり出るもの。ここから始まったような気がする。一つの出発点。

Vaya Con Dios.(神々とともにゆけ)
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「毒蛇は急がない」

Bayartai!

野人

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by yajingayuku | 2014-11-02 20:36 | 木陰のランプ