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チョコ

金髪で、青い瞳に、透き通るような肌の白さをした、全裸のモデルの女性が、少し熱いであろうバスタブの中の、チョコレートの海に、片方の足を差し入れる。膝っ小僧の下まで、チョコの茶色が肌を染め、彼女はチョコの海にしゃがみ込み、ドロリとしたチョコを手に取り、両腕、豊満な胸、鎖骨、肩、首になすりつける。

「どうぞ、プレゼントよ」

「いただきま~す」

という会話があるとすれば、男は舌なめずりせずにはいられまい。

毎年、10月中旬に、イタリアのペルージアで開催される「ユーロチョコレートフェア」では、世界各国のチョコレートが集まる。この全裸の女性のパフォーマンスは、このお祭りの恒例の行事として、TVで流される。

ペルージアのまちなかには、のぼりが立ち、コープでもいろんなチョコが売られていて、特にペルージアの「バチ(baci)」は販売数を伸ばす。このチョコは、2000年にイタリアから帰国した際に、何とわが町草津市のスーパーの海外食材販売店に並んでいて、ここが日本なのかイタリアなのかわからずに、唸らされてしまったことがある。

ヴァレンタインなるものには縁がない。しかし、聖ヴァレンティーノが守護する町、テルニに行き、その聖堂にお参りした。

復活祭のときには、卵型をしたチョコが彼の地では飛ぶように売れ、老若男女が愛している。

イタリアのチョコは美味しいが、日本も負けてはいない。
マーブルチョコ、チロルチョコ、アポロチョコ、ガーナチョコレート、レミーとバッカス(あのアルコールの・・・・)などなど。
私の友人は、アポロチョコが好きで食べ過ぎてしまい、嘔吐してからというもの、これが大っ嫌いになったのがいる。
ボンボンチョコ。幼稚園生のころから虜になった。クリスマスの時にプレゼントされるお菓子の入った長靴の中に、決まったこれが入っていて、食べるのが楽しみで仕方なかった。

チョコを食べ過ぎると、鼻血が出ると、子供の時言われませんでしたか?
「鼻血」と聞くとどうしてもチョコと結びついてしまいます。
「鼻血ブー」とはよく言った言葉ですが、近頃、鼻血が出るようなこともなくなり、周りからもこの言葉なんか聞きもしません。
年のせいでしょうか・・・・・でも美女の裸体では・・・・・まだ出るような感じ、「鼻血ブー」が・・・・・。
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「毒蛇は急がない」

Bayartai!

野人

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by yajingayuku | 2014-09-30 19:58 | 木陰のランプ

フェスタ

「今日は、聖ステーファノの日だ」

というぐあいに、イタリアでは毎日が何らかの聖人の日である。こんなことは先ず日本ではないことなので、ある日本人は、「毎日がお祭りだね」と皮肉をイタリア人に言うことになる。イタリア人はそのことを心得ていて、「そうさ、僕らから祭りがなかったら何もない」と答えることになる。

欧米の、若い人のパーティーは先ず海外組の入信式みたいなものである。
イタリアでは、「フェスタ」(祭り)と呼ばれ、大小のパーティーのことを指す。
聖人ではないが、イタリアでは彼の地で知り合った同国人の日本人や中国人の友人たちと毎夜毎夜このフェスタをやったものである。

誰彼がというわけでもなく、パスタ料理を作り、ワインとともに夕食をとる。凝った奴は、赤色のシールドの付いた蝋燭を入口の階段や卓上に置いてフェスタの演出をする。買い込んでフェスタすることもあるが、持ち寄りでやることも当然ある。そういう時は、誰かの家族から送られてきたであろう日本のものが登場することになる。

海苔。かっぱえびせん。かりんとう。柿の種。焼き鳥の缶詰。おかき。するめ。くさやなどなど。
やはり乾き物が多くなる。
一度、イタリア人のリクエストでおむすびを作ったことがあったが、海苔を珍しがるが、彼らは量が食べられなかった。柿の種を出すと面白いことに、彼らの中には、ピーナッツだけを食べる奴とおかきだけを食べる奴に分かれるのである。

天婦羅フェスタもやったが、これはキッチン中が油でべとべとになって難儀した思い出がある。
勿論寿司フェスタもやり、「すしのこ」が粉末ながら大活躍したが、具だねの魚介類の生ものを手に入れるのには苦労した。どうしても、サーモンが中心になってしまう。

米酢がなく、ワインビネガーで酢の物を和風に作ると口に合わない。
味醂などといおうものもないので、煮物は単調な味になってしまう。

それでも、フェスタは十分満足できた。これはない者たちの工夫のたまものである。

宴たけなわとなると、我々の間では、中国人だろうと日本人だろうと「さんぱちゲーム」をする。
これは、数字に3がつく数字と3の倍数では手のひらだけを打つルールがある。順番に数字を一つずつ数えてゆく。A君が「1」といえば、次の人は「2」といい、次の「3」は黙って手だけを打ちやり過ごさねばならない。ここで「3」というと、ショットグラスに入ったウィスキーやコップのワインを一気に飲み干さねばならない。

こんなことをするから、みんな次々に撃沈してゆく。回を重ねるごとに撃沈してゆく。面白いことに、同じ奴が失敗しよる。
この遊びには国境がない。中国人も日本人もイタリア人もイタリア語でやるが、酔っ払いは酔っ払いである。同じ羽目になる。

お試しになる方はどうぞメンツを集めてください。少人数ですると短期間で撃沈ということになります。
何かこんな面白いフェスタやったという方はまた聞かせてください・・・・・。
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「毒蛇は急がない」

Bayartai!

野人

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by yajingayuku | 2014-09-27 17:27 | 木陰のランプ

左利き

「わたしの、わたしの彼は~、左利き~」
ということで、今夜は何てことはないことを・・・・。

大学生1年の時の一般教養の講義で、「利き手」がテーマになったのがあったので登録した。1980年代半ばの時代に、こんなユーモラスな講義があった。これに輪をかけるように、もうすでに般教では「エコロジー」と銘打った講義があり、これも受講した。しかし、実際の講義は退屈だった。
もひとつ、積極性に欠けるのである。左利きの例証や問題点ばかりで、一つのテーマを深く掘り下げるものではなかった。残念。ダ・ヴィンチの例証ばかりでもよかったのに・・・・・・。

そこで、ちょっと左利きの有名人を挙げてみたい。但し、以下はインターネットの記事を引用したものであります。あしからず。

夏帆、中川翔子、有森也実、綿矢りさ、川原亜矢子、松本人志、小林建樹、ダニエル・カール、ベビーフェイス、森川智之、黒川智花、川合千春、鹿賀丈史、木村大、朝青龍、ウーピー・ゴールドバーグ、ショーン・ペン、リッキー・マーチン、パク・ヨンハ、ニコール・キッドマン、ミラ・ジョボビッチ、キアヌ・リーブス、ジュリア・ロバーツ、エミネム、山本未来、高知東生、島谷ひとみ、エリザベス2世、チャールズ皇太子、ウィリアム王子、二宮和也、新山千春、夏川結衣、西村知美、中村獅童、村井国夫、黒田勇樹、黒澤優、国分太一、小池栄子、木村カエラ、川村ひかる、小池徹平、ジミ・ヘンドリックス、hitomi、平山あや、ゴリ、伊達公子、別所哲也、アンジェリーナ・ジョリー、アンディ・フグ、ふかわりょう、名倉潤、野々村真、小栗旬、林家いっ平、増田恵子、古内東子、辛島美登里、ワッキー、山根康広、山川恵里佳、吉野紗香、養老孟司、四谷シモン、森本レオ、もたいまさこ、南野陽子、宮本輝、松崎しげる、松方弘樹、松尾貴史、舞の海、引田天功、トータス松本、つみきみほ、つまみ枝豆、筑紫哲也、谷口宗一、辰吉丈一郎、竹中直人、高島忠夫、世良公則、瀬戸朝香、杉本哲太、杉田かおる、笑福亭笑瓶、澁澤龍彦、サンプラザ中野、坂本龍一、斉藤洋介、斉藤由貴、小林麻央、小宮悦子、香田晋、蔵野孝洋、金田正一、甲斐よしひろ、織田裕二、恩田快人、大東めぐみ、大沢樹生、岡村孝子、大林素子、大江千里、榎本加奈子、内山佳子、上田正樹、市川団十郎、いわさきちひろ、伊藤俊人、井出薫、INORAN、乾貴美子、稲垣吾郎、石原慎太郎、石野卓球、石田壱成、IZAM、池田貴族。

この他にも、勿論、ダ・ヴィンチ、ルイス・キャロル、ウィンストン・チャーチル、相撲の大関雷電など。

右利きの人はいいですね・・・・・はい。

では、両方できる人は?英語では、「クロスドミナンス(cross-dominance)」というそうです。ときどき見かけます・・・・でももう私は無理です・・・・・はい・・・・。

今日のところはこれ以上申し上げることはないのですが、利き側というものもありますね。右打ち左投げとか、右で物を噛むとか、コンサートを聴くときはどうしても右の席に座るとかです。
これはまたの機会に・・・・。

キスの時、ディープの時、首をどちらに寝せてしますか?というような質問はしませんから・・・・・おしまいです・・・・・・はい。
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「毒蛇は急がない」

Bayartai!

野人

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by yajingayuku | 2014-09-26 21:26 | 木陰のランプ

エロチック

エゴン・シーレの絵は痛々しい。
茶褐色の色彩と描線で鋭い表現をする。
性器も、内面のドロドロした感情もそのまま露呈している。
男でも女でもお構いなしである。

親友が、家庭のいざこざから離れて、ウィーンを旅して、秋の木々の枯れた姿を見て、シーレの絵のようで正視に耐えなかったといっていたことを思い出す。
シーレの絵は鑑賞者の神経に影響を及ぼすものらしい。

ウィーンといえば、おなじみのクリムトの絵が有名だが、彼の創作の根幹には人間の性への執着が根付いている。
彼の下絵の写真の絵を見ると、男の下半身に明らかに巨大な男根が薄らと描きくわえられている。完成品には出ていないが、下絵には明らかに性器が描きこまれているのである。
「接吻」という作品の、あの琳派のような絵の色彩の構成の中にも、よく目を凝らしてみると、性器らしきものが象られている。

世紀末、第二次大戦の歩みの中で、生と死の表現は、また性と死の表現とオーバーラップしてくる。
シーレの絵の中にある、死の恐怖と性のテーマはこの時代の代表的な傾向を示している。
哲学の思潮に、戦後生まれてくる実存主義の端緒は、視覚表現としてこの時代がからすでに表れ始めている。

こんな、こましゃくれた、小難しい話ではなく、絵の歴史の中にはもともとこのような表現はあふれているのは、みなさん、百のご承知のはず。

ちゃんと、古代ローマ時代にもエロティックな絵は残っている。
火山の大噴火で滅んだ町、ポンペイの壁画。
女性上位で性交する場面がある。
何々、解説書によると、この当時は、敵や犯罪者から身を守るために女性上位を進んで行っていた。男が馬乗りになっていると、ゴルゴサーティーンではないが、背後からバッサリ、グサリとやられてしまうからだとのこと。

解説者の方便だと思います、私は・・・・。
それよりも、面白いと思って画家に描かせたのではないかな?
エトルスキ時代にも性の表現が壁画に残されている。
「むち打ちする人の墓」。
女性はフの字に体を折り曲げて立たされ、口には一人の男の男根を咥えさせられ、後ろから別の男が彼女を攻めている。男たちは、葉の付いた枝を両手に持ち、彼女の背中をこれで鞭打っている。
う~ん、解説書には、バッカスの秘儀の一場面であるとある。
秘儀なら描かないはずだ。ということは、ここにも古代人の大らかなユーモアがあるのではないだろうか。こんな秘儀を行って何を得るかはお判りでしょうけど・・・・みなさん。

深刻な表現もあれば、ユーモアさながらの表現もあります。
でも何故このようなことを当時の表現者は描き残すのでしょうか?
そこが問題でして、謎であり、答えは永遠にないのです・・・・・・・いや、ハッキリわかるかも・・・・・・・やってみれば・・・・・・・ご存じのはず・・・・・・・。
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「毒蛇は急がない」

Bayartai!

野人

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by yajingayuku | 2014-09-25 20:02 | 木陰のランプ

妖怪

「あとひとつで、魔宝石が10個になる。2回ガチャができるよ。レアガチャとドラゴンボールガチャとどっちにする?」
「ドラゴンボールがいい」

「ガチャ」とは、子供の時よくやった、おもちゃがカプセルに入っていて、ガチャガチャとダイアルを回してそのおもちゃをゲットする、あのやつのことである。そいつをゲームのディスプレイ上でやるのである。
「パズドラ」は子供の間で大人気。子供同士の会話も自然とその話ばかりになる。

「バステトって、知ってる?」
「大昔のエジプトでは、そいつは猫の化身の女神だったんだよ」

あらん限りの私の知識で、彼らのキャラクター話に参戦する。

妖怪も、我々の知るものとは雰囲気がガラッと変わってしまった。
「妖怪ウォッチ」の「ジバニャン」の「ジバ」はやはり「磁場」なのであろう。
妖怪たちの姿は、オドロオドロシイものではなくなっている。

「砂かけ婆」のあの顔の砂のような粒々。「一反もんめ」の異様さ。みんな水木しげる先生から学んだものである。妖怪たちはどれも妙に「影」を背負っていた。人の内面の「影」というようなものが示されていたようにも思う。その「影」は確実に「闇」と結びついていた。そんなもんだから、今でも闇夜は怖い。「暗さ」というものに本能的に恐れてしまう。

水木先生の作品には美女がよく登場する。
「猫楠」という作品は、南方熊楠の生涯を描いているが、登場人物の女性に対する執着も見事に描き出している。そして女性と猫である。以前に書いたあの「猫性」を匂わせる。「怪奇死人帳」に登場するあの世に向かう姫君は儚く、影を背負った姿として描かれている。
「影」-「闇」-「猫」-「女性」-「死」。

「ジバニャン」のキャラクターは猫をもとにしていて、この国の妖怪物の伝統を踏襲している。でも怖いものではない。
どうしてこんなに違ってしまったのか?
妖怪物で「死」を描けても、「性」は描けなくなっているのではないだろうか?

「化け猫」というのは、思い出すと女性です。恐怖は「死」と「女」ということなのでしょうか?
ということは、女房というのは「化け猫」でしょうか・・・・・おっと失礼・・・・・・「男」の方がひ弱なネズミでしたね・・・・全男性は「ねずみ男」ということでしたっけ・・・・・・・・。「こわっ!!!!!」
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「毒蛇は急がない」

Bayartai!

野人

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by yajingayuku | 2014-09-24 20:25 | 木陰のランプ

謎ということ

「今日のはよかったな~」

「初めてにしては出来すぎてる」

東京文化会館の入り口を抜けて、上野駅に向かう道すがら語り合う。

大学生になって、オーケストラのメンバーとなり、人生で初めて生の海外の指揮者による演奏会を体験できた。これもすべて、友人吉村渓のおかげである。
彼は、生来の打楽器奏者で、オケではティンパニーを担当した。

アントン・ブルックナー「交響曲第7番」。終生忘れられない曲である。

こんなことを最近思うのである。ブルックナーならブルックナーの曲なり、人をどこまで他人が肉薄することができるのであろうか。カール・ベームの解釈したモーツァルト、バーンスタインのマーラー。自ずとそこで探求をチャレンジする人間の解釈の問題となる。

手記、手紙というのがある。モーツァルトの書簡集、ゴッホの書簡集。そこには彼らの肉声があるわけだが、それでもどれだけ彼らのことがわかるというのであろうか?
もしかすると、彼らのことは全く分からないかもしれないではないか?

それでも、人間は人間をわかろうとする。
これは人間が生存する限り続く本質的な営みである。

「好きか?」

「好きや」

一人の女性を二人の男が好きになった。
彼女が愛おしいことでは同じだったが、感じ方はまた違っていたはずである。彼女は二人の男を知ったが、二人の男たちは同じ女を知ったとは言い難い。そこには違いがあったように思う。
こんなことを大学生にしたものだから、好きな子でも、彼氏がいる女性なら求愛するチャレンジ精神は失せてしまった。失せるというより、避けてきた。どうもいつも片思いの、偏愛の、妄想の段階で終わってしまう。

奥手。分かろうとすることに疲れたのか、恐れているのか?

イタリアのフィレンツェのホテルで、コンサートを視聴した後に、彼は、Tシャツにパンツ一枚となり、横になった。書きかけの取材の原稿を机に置いたまま、彼は頭の後ろで腕を組み、天井を見つめていた。その眼に鋭さはあったが、視線がどこにあるのか全く分からない様子であった。
今でもかれのこの姿が瞼の奥に焼き付いている。忘れることができない。

彼は何をつかもうとしていたのか?未だに謎である。

音楽、女、人間がわかる、ということ。そこには謎がある。謎があるからこそ、人は分かりたいと思うのである。連綿とした繰り返し。

私はこの世の中に謎を残したい。
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「毒蛇は急がない」

Bayartai!

野人

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by yajingayuku | 2014-09-22 20:16 | 木陰のランプ

湯気の彼方に

大根、卵、がんも、厚揚げ、こんにゃく、蛸、牛筋、コロ、はんぺん・・・・・・・。
鍋が恋しくなりつつあります。
湯気の向こうにおでんの具材が・・・・・。

「やっぱり、ちくわぶよね~」

「なにぬかすか、あんなもん食えたもんやない」

こんなやり取りを、おでんを囲んで関西人と東京人がするのは珍しくない。
私もその一人だが、ちくわぶはダメである。
それに関西人には、鯨のコロがないといけないのである。

鍋といえば、高校生の時の修学旅行は東北で、夕食のキリタンポ鍋が忘れ難い思い出となっている。

東北だと、冬の時期に山形の米沢に行った教習免許合宿を思い出す。湯の町米沢は聞きしに勝る豪雪地であった。朝食を食べ終わり教習所に行く間の時間に、宿のおかみさんが雪下ろしを手伝ってほしいというので、毎日、屋根に上り雪下ろしをした。吹雪く中、車を転がして、宿に戻り、湯気で前方が見えないほどになった風呂に入る醍醐味は、日本人に生まれたことへの感謝へと変わる。
米沢の銘酒といえば「東光」である。
こいつを、湯船の端に置き、徳利からお猪口にひと肌の「東光」を注ぎ、チビリチビリとやるとこたえられない。

夜の雪の止んだ時間に、夜泣き蕎麦屋が来る。白い息を吐きながら小走りに、湯気の立つ屋台のトラックに駆け寄ってゆく。

「おっちゃん、熱いのたのむわ」

5人の大学生は寡黙にして熱心に、スープまで飲み干す。

イタリア半島は、地形を見ても火山性の台地やクレータの残存が多く見られる。
ナポリ湾一帯もそんな太古の火山活動の痕跡が残る場所である。
プッツオーリ。
ナポリから、ヴェスーヴィオ周回鉄道に乗り、海に面した港町で降りる。駅を下ると、小さな港があり、海面近くまで古代ギリシアの時代の神殿などの遺跡が聳え立っている。
ここから、内陸の大きな道路を進んでゆくと、住宅街の近くに出る。矢印の通り住宅街の路地を抜けると、そこは別世界である。小高い山に囲まれた、住宅街のど真ん中に、温泉地の、あの見慣れた日本のような、地獄谷が出現するのである。硫黄の臭いが漂い、湯溜りはブツブツ鳴り、小さな間欠泉で湯柱が立ち、入り口には抜け目なくお土産物屋がある。何と、ゆで卵まで・・・・・・。

こんな光景を見てしまったものだから、シャワーだけの日頃の暮らしに飽いて、湯船が恋しくなってしまった。
仕方なく、バスタブに少量の湯を入れて、日本から持ってきた入浴剤を入れて、バスタイムとなった。

好き嫌いにかかわらず、我々はお風呂というものが必要のようです。
シャワーだけでは何とも・・・・・・・。でも今この下田でも、あの頃のように、シャワー生活です。
そうだ、昭和湯へ行こう!!!!!!!!!!
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「毒蛇は急がない」

Bayartai!

野人

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by yajingayuku | 2014-09-20 20:02 | 木陰のランプ

地味な味覚の秋

「うぁ~」

ズボンの裾から膝のあたりまでびっしりと、ひっつきむしがついてしまった。
三角形をした、薄いそいつは、取り除くのが容易ではない。特に、茶色になって枯れたような奴は爪を立てないと剥がれない。いまだに何という名前の植物のものかはわからないが、こいつには泣かされた。

秋の野原には、引っ付き虫の思い出と、すすきやブタクサの風景とともに、隠れた味覚も見かけることがある。茎が蕗のように薄緑色で、先端部分が赤く染まっているような奴は、我々の呼び名では「すかんぽ」である。こいつを手折って口に含むと、酸っぱさが襲ってくる。小学生の時には衝動的にこいつを見つけると口に運んだものである。青臭さがあるものの嫌な味ではなかった。

この時期のイタリアの味では栗である。
大家さんに連れて行ってもらった遺跡の駐車場の空き地にある栗の木に毬栗が沢山落ちていた。
彼は、靴の裏で上手にイガイガを割り、中から栗の実を取り出す。栗の皮を小刀で器用に剥いてゆき、私に一つ手渡す。

「えっ、生で!」

「もちろんや!」

栗は思いのほか硬くなく、食べやすく、噛んでいると滋味で甘みがありとても美味しい。これより後にも先にも栗を生で食べたことはない。

秋刀魚は焼いたのを大根おろしと醤油でいただくのがいいのだが、大学生の時に、バイト先の飲み屋で、ワザワザよく焼いてもらったのを、頭から尻尾の先まで、骨もろとも平らげるのが好みだった。こんなのを周りの諸兄姉が見て、私のことを「飼い馬」と呼んでからかった。

米の産地滋賀県にいた時には美味しいお米を食べていた。美味しいといっても高価なものではなく、汎用のものが安く流通していたのがこの地の良さである。我が家は、味覚に関してはさほど鋭い方ではなかったが、干し鰈とお米にはうるすかった。鰈は母の郷里の絶品を知っているので他のものに譲るわけにはゆかず、お米は舌が記憶している理想形を崩すわけにはいかなかった。
そんなお米をお水でお茶漬けするのも好きである。それも暑い季節以外でもである。この話を友人に話すと変な顔をされるが、いっこうに平気である。何といってもお米がおいしいから・・・。

食欲の秋といいますが、いつも食欲が勝っています。松茸もいいですが、お米がおいしいですよ、秋は。特に新米は・・・。水を、とはいいませんが、アツアツのお茶で新米のお茶漬けというのはいかがですか?
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「毒蛇は急がない」

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野人

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by yajingayuku | 2014-09-20 00:32 | 木陰のランプ

絵画の秋

「この絵で、何が言いたいかわかる?」

「ほんの少しだけ赤色を使ってませんか?」

「その通り。わかってくれはったん」

光り輝くような黄白色のなかに、一頭の馬が足を動かすしぐさをしながら立っている。足元には緑があり、背中と横腹にごく僅かに赤みがさしている。

吉村年代さん。馬の絵を描く日本画家の大家である。
彼女の長男は、今年初め逝去した、苦楽を共にした親友、音楽評論家の吉村渓君である。
彼女の馬の絵には、何か熱いものが感じられる。これが私の第一直観である。

感じること。これが基本である。鑑賞、それは感情と思考のせめぎ合いなのだけれども、五感は感情によって支配を受ける。

小学生の時に、家にやってきた百科事典の付録に「西洋美術」というのがあった。これと対に「日本美術」というのがあったが、その頃は決まって西洋の方を食い入るように眺めるのだった。
絵画鑑賞はこの時を境に始まったようである。

通っていた小学校の中庭に古代の円墳があった。理科室の前の陳列ケースには、この墳墓から出土した土器類が並んでいた。説明書きなどなく、ただ破片が集められているようなものさえあった。
古代への関心は小学生の時に作られていたが、「見る・観る・鑑る」ことに集中していた時でもあった。

その眼差しには優劣の判断を養う力が必要なのだろうが、私の場合、目に飛び込んでくるもので、これはと思うものはすべて合格であった。
前にも書いたが、包装紙や栞のデザインや写真、古代でも中世でも、現代でも、何でもあれであった。

ところが、イタリアに行ってからは、自分の志向するものが大体固まってきたように思えた。ピカソは嫌い、宮崎駿は嫌い、フランス印象派は嫌い、という風に固まってしまった。これはこれで個人的な趣向なのでいいのだが、いけないのは、新しいものに目を向けない、チャレンジしないということだと思う。

吉村先生の絵は、見るものに日本画ではなく、油絵を印象付けるものだが、これもまた先生の心性と技のたまものなのである。先生の絵に接したとき、新しいものを感じたものである。

フィーリング。これにもいろいろあしますな。自分を信じていいのではないだろうか?

近頃、写真に傾倒しつつありますが。手軽なのでつい手が伸びてしまいます。
でもこれほど容易いということは、実は難しいことであることの裏返しなのでしょう。

Easy come, easy go!
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「毒蛇は急がない」

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野人

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by yajingayuku | 2014-09-16 20:30 | 木陰のランプ

読書の秋

「はぁー」と長い溜息をついたと思う。
生まれて初めて、天体望遠鏡で月を見た。
黄白色に輝く、月の表面は、砂漠の世界のようで、クレータや海が、静寂の中に広がっていた。
その時、初めて、「静寂さ」というものを知ったと思う。

天体望遠鏡をかたずける幼稚園生の私は、叔父から1冊の本をプレゼントされた。
野尻抱影著「星座神話」(昭和8年)。
戦前の発行ということもあり、文字が右から左に書かれた書体である。
ギリシアやローマの神話と星座の話がかなり詳しく記されていて、何よりも興味を惹いたのは、星座の絵や神話の題材の絵画・彫刻の写真である。恐らく、西洋絵画に興味を持ったのはこの本のおかげだといえると思う。この読書バージンから、私は、京都の科学博物館のプラネタリウムに通うようになる。

両親のいさかいで、郷里に帰り、中学校に通いだした夏休みの宿題の読書感想文で、河合雅雄著「少年動物誌」(1975)に出会った。著者の実体験から自然の動物の生態を描いていることに感激したものである。

書物を挙げるときりがない。これも、あれもととめどがない。

大学生時代に、夢野久作著「ドクラ・マグラ」を読んだ。付き合っていた彼女がたまたま読んでいたらしく、「蠅がぶ~んと」というと、「終わりにもぶ~んと」、とこれだけの会話で心が通った感覚があった。ホットになれた。

以前にも書いたが、開高健と澁澤龍彦は座右の書である。
開高とのかかわりで言うと、彼の親友であった小松左京は、若き日の私の父の親友でもあった。
小松左京と父は京都で事業を興し、失敗、それぞれの道を歩むことになる。
こんなことがあるものだから、今でも母に小松さんの話をすると、「左京さん、左京さん」と親しげに話しこむのである。

我が家には、読書好きの血が流れている。
生前にはこうした人たちに会いたかったのだけれど、その機を失ってしまった。
悔やまれる。

でもである。書物の中でいつも出会っています。開高さんとも、澁澤さんとも、小松さんとも。
本を読んで、いろんな人と出会えます。そして、いろんなことを疑似体験できます。
秋の夜長、是非、読書を・・・。これも何かの縁です。読書とお酒と音楽と・・・・・。
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「毒蛇は急がない」

Bayartai!

野人

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by yajingayuku | 2014-09-15 20:26 | 木陰のランプ