<   2009年 09月 ( 50 )   > この月の画像一覧

イタリア紀行(52)

朝早起きして、ポンペイを南下して、古代ギリシアの植民地、パエストゥム(地元の人は、ペストゥムと呼ぶ)を訪れた。駅から、発掘地域に向かうが、町は広大な規模の壁に取り囲まれていた。中に入って、海沿いに遺跡がある。先ずは、敷地内にある考古学博物館に入る。入り口には、神殿の装飾品が飾られ、遺物が効果的に展示されているのに見とれた。壁画の部屋は、有意義だった。いかにも南の地方らしい明るい色使いだ。有名な饗宴の場面は、男女同席を禁じたギリシアの社会を反映していて、男同士の宴会となっている。お察しの通り、ギリシアでは男色は公然のことだったのである。コッタボス(水滴を的めがけて投げる遊び)に興じる場面もある。書物に伝わるように、この遊びで勝利したものは何でも出来るらしく、その願いのほとんどが男を選ぶというものだったらしい。そのほかにも気になる絵は沢山あったが、日本で知り得た「トゥッファトーレ(飛び込む者)」の絵はことの他印象深かった。今も昔も、断崖から人は海に飛び込んでいたらしい。研究者によれば、海はあの世だと説明しているが、その意味は定かではない。
f0192635_2020035.jpg

f0192635_20201743.jpg


博物館を出て、広大な遺跡群を見て回る。お昼が過ぎているというのに飯も食わず水分だけを摂って動き回っている。「へールーン」といわれる英雄の墓も確認することが出来た。何と言っても圧巻は、幾つかの神殿跡である。中でも、「ポセイドン神殿」は保存状態もよく見ごたえのあるものだった。
f0192635_2020511.jpg


陽が傾き、帰途についたが、もうクタクタである。研究所にもどると、チンツィアがいて、「早く!」と叫ぶ。先輩とイタリア人のローマ史の先生との会食に遅れそうになる。先輩との約束の時間はとっくに過ぎてしまっている。それにしてもこのアポも、先輩は、私の予定を聞かずに勝手に約束したことであり、それだけでも怒りを感じていた。先生の御自宅に着くと、食事は終わっていて、直ぐに我々の食事となった。全然知らない先生だし、先輩が勝手にしたことなので全く気の乗らない感じで、だまっていた。クタクタであった。帰りに、リモンチェッロの小瓶を頂いたが、車の中では激しく先輩から怒られた。だまって、「すみません」しか言わなかった。翌朝、彼女は、「帰る」と一言言ってローマまで帰っていった。結局、チンツィアとローマまで帰ることになった。電車の中で彼女は私に同情し、慰めてくれたが、車窓から見える赤い大きな月を眺めるだけだった。やれやれ、一人の人間のために生涯の研究が駄目になることもあるのだな~とため息をつく。私はまだまだ未熟ということなのであろう。嫌な感じだけが残った。

(でもこれも過去のこと、今ではスッキリしてますよ・・・笑み)

野人
[PR]
by yajingayuku | 2009-09-30 20:21 |

野人日記 9/30(水)

夜の初めも早朝も肌寒かった。一日を通して肌寒く、服は長袖になった。雨が降り続き、外は冷ややか。室温も上がらない。SASなし。脈の乱れなし。血圧、92/65(脈拍65)。体重と体脂肪率、75.8/22.1。9時45分起床。夢は見たが忘れる。

朝 バナナ1本
昼 豆スープ(パルメザンチーズを入れて、クラッカーと一緒に食す)
夜 プレーンヨーグルト(1/2)
   十勝チーズ1個
   板蒟蒻1枚
   サラダ(キャベツ、人参、ピーマン、オクラ、トマト)
   紫サツマイモのマヨネーズサラダ(ディップにしてクラッカーで食す)
   梨1個

水分 プーアール茶2L
    緑色の野菜ジュースコップ1杯

紫サツマイモをマヨネーズサラダにしたが、これがいけた。塩コショウを少々加えて作ったが、味は普通のものと変わらず、仄かに甘みを感じる。

株価少し上昇。


野人
[PR]
by yajingayuku | 2009-09-30 16:09 | 野人日記

イタリア紀行(51)

カンパーニア、ふたたび。
時間ができたので、またポンペイの研究所を訪れた。今回は、日本の大学の大学院研究生とローマ史の先輩が日本の春休みを利用して滞在することになっていた。何を夕食に食べたか思い出せないが、食後、チンツィアがアメリカ人の友人を連れてきた。皆でのみに行こうと話すと、先輩が切れだした。「私はアメリカ人が大嫌いなの。いや、いやなの」皆、虚をつかれた感じで眼が点になってしまっていた。それにしても、幾ら体調が悪いとはいえ、本人を目の前にしてよく嫌いだといえるものだ。具合が悪ければローマで休んでいればいいのにと思うのだが・・・。

翌日、不機嫌な先輩を置いて、チンツィアにクーマを案内してもらった。「カンピ・フレグリ」と呼ばれるこの地域は、火山のあとが至る所に残された肥沃な場所で、古代では有名な場所であった。海を臨む丘の上にクーマの遺跡がある。このクーマの沖合いで紀元前5世紀に、エトルスキとギリシアは海戦を行い、結果、エトルスキは敗北する。エトルスキの後退がこれよりはじまったといわれている。遺跡には洞窟があり、内部には居住スペースも整えられ、何か神秘的な空間を作っていた。クーマといえば、古代には、シビュレーが住んでいたともいわれる聖なる場所でもある。

ポッツォリでチンツィアと別れ、研究生と2人で、ギリシアの遺跡を散策する。港の直ぐ傍の遺跡で、海と関係があると思われ、事実、海神の神殿が残っている。お腹がすいてきたので、近くのレストランに入る。憶えているのは、前菜にたのんだ2皿である。ひとつは、小さい烏賊の塩茹で。これだけでお腹が満たされそうな量を運んできた。美味い。シンプルで素材の味が素晴らしい。もうひとつは、「コッツェ(ムール貝)」。ワイン蒸しにされていて、これもまた絶品。偶然入ったとはいえ、この店は当たりである。
f0192635_2084973.jpg


食後、時間があるので、近くに温泉が湧いている場所があるというので立ち寄ることにした。ところが、地図の通り進むがなかなかたどり着かない。橋を越えたところで看板が出ていたので、進むとこれまた大通りに面した住宅街の方向に矢印が出ている。路地を入ってゆくと、「おっ!」と声が出る。開けた場所は、「地獄谷」そのものの光景だった。こんな所に居住しているとは・・・ガスなんか大丈夫なのか・・・・。広大な敷地には、日本のようにそこかしこから温泉が湧き、硫黄臭が鼻をつく。見学ルートを回って、帰りに売店で何枚か絵葉書を買った。
f0192635_2092466.jpg


ポッツォリの駅から電車に乗り、ポンペイまで帰ったが、到着すると、また先輩の虫の居所が悪くなっていた。風邪をこじらせているらしい。丁度休日ということもあり、薬屋は閉まっているので、研究所にある風邪薬で我慢してもらう。何だか雲行きが怪しくなってきた。嫌な予感がする・・・。

野人
[PR]
by yajingayuku | 2009-09-29 20:10 |

野人日記 9/29(火)

夜の初め頃は蒸暑く、早朝は冷ややかで、午前中は涼しく薄ら寒さを感じた。昼になったも涼しく、16時時点で室温は27.1度だ。曇り空で、風が涼しく吹きわたる。SASなし。脈の乱れなし。血圧、97/67(脈拍60)。体重と体脂肪率、75.2/20.8。10時15分起床。何処かの宿に宿泊する夢を見るが詳細は忘れる。

朝 バナナ1本
昼 豆スープ(グリンピース、うずら豆、トマト缶、塩味のみ、パルメザンチーズをかけて食す)
夜 プレーンヨーグルト(1/2)
   十勝チーズ1個
   小豆入り寒天
   サラダ(キャベツ、人参、大根、トマト)
   紫サツマイモ1個
   梨1個

水分 天然水2L
    緑色の野菜ジュースコップ1杯

株価上昇。


野人
[PR]
by yajingayuku | 2009-09-29 16:04 | 野人日記

野人日記 9/28(月)

夜の初めは蒸し暑かった。朝は少し暑かった。午前中は涼しく、昼でも長袖で十分過せる陽気に。曇り空で陽射しがない。16時の時点で室温は28.2度。SASなし。脈の乱れなし。血圧、93/62(脈拍68)。体重と体脂肪率、75.4/19.0。7時15分起床。夢は見なかった。

朝 バナナ1本
昼 鰈の煮付け一切れ 蟹カマと胡瓜の酢の物
   コンビーフとイタリアワイン(赤)1本
夜 プレーンヨーグルト(1/2)
   十勝チーズ1個
   小豆入り寒天
   サラダ(キャベツ、人参、ピーマン、バジル)
   紫サツマイモ1本
   梨1個

水分 プーアール茶2L
    緑色の野菜ジュースコップ1杯
    イタリアワイン(赤)1本

本日、通院日。異常なし。

株価大幅下落、円高進行。


野人
[PR]
by yajingayuku | 2009-09-28 16:09 | 野人日記

イタリア紀行(50)

ローマの北、エトルスキの町、バルバラーノ・ロマーノに向かう。ローマ史の先輩と2人でローマからバスで田舎道を走る。今回の訪問は、お世話になっていた、東大のシュタイングレーバー先生に会いに行くのが目的である。当時、東大はこの地を拠点に発掘活動を続けていて、先生もこの時期滞在されていた。町の端から端まで直ぐにたどり着けるような小さなチェントロの途中に研究所があった。到着するなり、先生は町の案内をしてくれた。先ず、研究所の裏の断崖の下にある小川に下りた。そしてまたもどり、次は高台から、渓谷のエトルスキ断崖墓を眺めた。断崖に無数の穴が開いていて、そこが一つ一つ墓になっている。断崖に沿って渓谷は穴だらけである。噂には聞いていたが、これほどまでとは思いもよらなかった。
f0192635_22511422.gif

f0192635_22515078.jpg


研究所に帰ると、先生の仲間が集まっていて、遅い昼食をとる。私は、手土産に、「トルタ・ディ・パスクア」という甘くない塩味のケーキをもってきた。これを先生に渡すと、お褒めの言葉を頂く。丁度復活祭も近いことだったので大喜びで歓迎してくれた。ついでに、音楽をと思いテープを取り出し音を出すと、先生が「これはいい」とまた褒めて頂いた。曲はメンデルスゾーンの「イタリア」」である。前菜とパスタを食べて、いよいよトルタ。このケーキは、クリスマスに食べる「パネットーネ」と形状は同じで、チーズが練りこまれているので、表面と切り口は黄色を帯びている。何でも発祥の地はペルージア地域だそうで、ペルージアでもチェントロのコープの隣のパン屋でないと手に入らないものらしい。ウンブリアの特産品らしい。私は留学期間中何度も食べたが、食べ飽きず、今でも舌に残るほど大好きな食べ物のひとつであった。

食後、もっと食べろと言うことで、1軒のレストランに連れて行かれた。先生は、店の人に合図して何やら暖炉で料理の準備をする。出てきた食材は、黒い色をした腸詰と野菜である。黒いのは、何でも豚の血だそうで、焼き上がりを頬張ると、口全体に濃厚な旨味が広がり、とても美味しい。これは絶品だった。イタリアで血入り腸詰を食べたのがこれで最初で最後だった。

食後、今度は先生達とエトルスキの遺跡を見に行く。山道を歩いて行くと、断崖にやはり穴を開けた墓が無数に確認される。暫く歩いて、丘の頂上に着くと、廃墟と化した小さな教会が現れた。ここはエトルスキの遺物が出てきた有名な場所だそうだ。教会横の崖下の穴の中に、ローマ時代の浴場があった。小さいが何だか日本の露天風呂に似ていた。

チェントロにもどり、バールで一息ついた。先生は、カンパリを注文されたが、炭酸とカンパリが交じり合わないでグラディエーションになっているのを指差して、「カンパリッザート(カンパリ化した)」と冗談を言っていた。先生に、研究のことを話すと、カークスの伝説に関しては考古学的に先ず編年順に論述したほうがいいとのことだった。これを守り、私は拙論を書き上げることが出来た。ありがたいことである。

日も暮れあたりも暗くなり、バス停で先生と別れることとなった。バスの中で、先輩は、「誰か先生一人についていた方がいいわ」と忠告してくれた。あれだけ日本で派閥の状況を見にしみて感じていた私は、ここでもまたか、という感じだった。人の支えは要るものの、余り気乗りしなかった。やれやれ・・・(でも今は解放されてスッキリしているのです・・・笑)

野人
[PR]
by yajingayuku | 2009-09-27 22:52 |

野人日記 9/27(日)

夜朝ともに少し冷ややかだったが、夜の初め頃は蒸暑かった。午前中は爽やかな陽気で気持ちよかったが、昼から暑くなり、夕方には汗が出るほどになる。16時の時点で室温は30.2度ある。陽射し強く外は暑いが、時折風が吹きましになる。SASなし。脈の乱れなし。血圧、91/63(脈拍68)。体重と体脂肪率、74.8/19.4。10時15分起床。夢忘れる。

朝 バナナ1本
昼 烏賊のバター炒め、白菜とカボチャの味噌汁。
   ドイツワインとパルミッジャーノ・レッジャーノ
夜 プレーンヨーグルト(1/2)
   十勝チーズ1個
   板蒟蒻1枚
   サラダ(キャベツ、人参、ピーマン)
   紫サツマイモ1個
   梨1個

水分 天然水2L
    緑色の野菜ジュースコップ1杯
    ドイツワイン1本と炭酸水(500ml)

午後、酒屋でドイツワインとパルミッジャーノ・レッジャーノを買う。久々にアルコールを摂取。美味い。


野人
[PR]
by yajingayuku | 2009-09-27 16:06 | 野人日記

イタリア紀行(49)

Sちゃんと2人でローマに出た。色々回ったが、夕方遅く、歴史上有名な「アナーニ事件」のアナーニを訪れた。小さな町で、小さなドゥオーモがある。教会におまいりしたときには外は暗くなり、隣の家の壁にかの有名な教皇ボニファティウス8世の肖像が飾られているのも判別がつかない様子だった。ここで彼は憤死した。教皇権の衰退を物語るエピソードである。

ローマにもどって、テルミニの安ホテルに1泊した。よく朝早く起きて、駅前からバスに乗り、聖地スビーアコを目指した。途中、ティヴォリを経由したが、時間の都合で立ち寄ることは出来なかった。到着して、ぶらついていると、教会でお葬式があったので覗いてみた。私は、ここで天井から吊らされた香炉球がゆらゆら揺らされ、お香の香りがあたりに漂っている光景をはじめて目の当たりにした。そこから少し離れた所にある修道院に行ったが、扉の上部にはあの中世の有名な標語、「祈り、働け」もはじめて見た。

さて、今回の目的、サン・ベネデットの洞窟に作られた修道院まで山道を登った。くねくね道を歩くと、途中にローマ時代の皇帝の別荘跡がひっそりと残されているのを見た。これがとても小さなものなので、あの大帝国の皇帝たるものがこれしきの別荘か、と少し拍子抜けした感じだった。やっと辿りつくとそれは断崖を利用した僧院であった。洞窟が迷路のように繋がりあいひとつの建物のようになっている。サン・べネデットが籠ったといわれる塔を見たり、階段の途中に描かれた、人間の体が腐敗する様子をじっくり鑑賞する。この腐敗の図は日本の「小野小町」の絵を想起させるものだ。この絵は、まだ日本の作家、特に渋澤龍彦のような作家が紹介していないものである。それだけに私の眼に新鮮な印象を与えた。

話は飛ぶが、修道院といえば、大家さんのふるさとウンベルティデのサン・サルヴァトーレ修道院も印象的だった。地下に作られた無数の列柱のある空間は忘れることが出来ない。修道院を見てから、われわれ大家さん家族一行は、養蜂家を訪ねた。「アピクルトゥーラ」とイタリア語で言う養蜂は日本のやり方とよく似ている。そこの小さな店では、蜂蜜や蝋燭が売られていて、私も栗の蜂蜜と彫刻された黄土色をした蜜蝋を購入した。このとき初めて、蜂蜜にはいろんな種類があることを知った。

日本に帰国してから、しばらくこの蜜蝋が部屋にあったが、今はもうない。何かのお祝いに使ってしまったが、その時に部屋の中には、甘い蜂蜜の香りが漂っていたのを憶えている。ミサのお香といい、蜂蜜の香りといい、記憶のどかに今も残されたままだ・・・。

野人
[PR]
by yajingayuku | 2009-09-26 20:52 |

野人日記 9/26(土)

夜の初め頃は少し蒸暑かった。夜中に睡眠の適温まで下がる。早朝は冷ややかで午前中は爽やかな陽気に。昼から陽射し強まり、夕方にはじっとしていても汗が出るぐらいで、16時の室温は30.7度もある。真夏のような暑さだが、吹く風は心地よくいい気分だ。SASなし。脈の乱れなし。血圧、94/62(脈拍66)。体重と体脂肪率、75.1/21.1。10時起床。夢は忘れる。

朝 バナナ1本
昼 カレースープ
夜 プレーンヨーグルト(1/2)
   十勝チーズ1個
   小豆入り寒天
   サラダ(キャベツ、人参、ブロッコリー、ピーマン)
   紫サツマイモ1個
   リンゴ1個

水分 プーアール茶2L
    黄色の野菜ジュースコップ1杯
    青汁コップ1杯

母、通院日。少し検査の数値が良くなる。


野人
[PR]
by yajingayuku | 2009-09-26 16:05 | 野人日記

イタリア紀行 (48)

パ~ン、パ~ン。
大晦日のペルージアの至る所で花火が炸裂する。日本の静かな大晦日とは事情が違う。バスに乗っていると、この爆弾花火が窓の直ぐ傍まで飛んできて炸裂することもあった。とても危険だ。テレビでこの爆弾花火で手を失った中学生ぐらいの少女が危険を訴えるCMを流しているのも年末ならではである。2度目の大晦日は静かにひとりで過した。クライマックスのカウントダウンでは何処からともなく数を数える声がする。静かに、日本の正月のことを思った。

元日は、友人とローマに行った。昼前に到着すると、バチカンのサン・ピエトロ教会ではミサが終わろうとしていた。でも元旦にここにおまいりできたのも幸運である。昼は、近くのレストランで食事した。前菜を何、メインを何と思い出せないが、ニョッキを食べたことだけは憶えている。イタリアに来て、これはというニョッキに出くわしたことがなかったが、ここのニョッキは歯ごたえといい、味といい申し分がなかった。絡んでいる白いソースがまたとても美味しい。ジャガイモと小麦粉から作られているシンプルなものだが、柔らかすぎても駄目だし、堅すぎても駄目だ。ころあいがとても難しいのである。
f0192635_23212860.jpg


これはという出会いがなかったといえば、ポレンタがそうである。ヴェネチア史を研究されている先生がよく、「あれは人間の食うものではない」と仰っていたことを思い出す。ペルージアで何度か買って、スープにしたり、煮込んだり、蒸したり、焼いたりして食べたが、シンプルにトマトソースとあわせて食べるとなかなか美味いものである。
f0192635_2321549.jpg


ローマから帰ってくると、S君と正月を過した。何とS君、実家から「くさや」を送ってもらっていた。これは最高の正月である。私の大好物である。バラ寿司やおひたしや日本酒などを用意して、精一杯の正月を満喫した。彼とはそれから何日間か共に飲み食いして、色んな話をした。政治からHな話まで、際限なくである。面白いことに、彼は、1匹の黒猫を飼っていた。イタリアーナ、メス猫である。何とS君、帰国する時この猫を日本につれて帰ってきた。その後、子供を生み、何世代かに増えているそうである。これも国際結婚か?・・・。

やはり、何処にいても日本人は日本人であることを痛感した思い出である。「くさや」という響きを聞くと今でも当時のことが頭を過ぎる。イタリアと「くさや」、なかなかいいコンビだと思うのだが・・・。

野人
[PR]
by yajingayuku | 2009-09-25 23:22 |