<   2009年 08月 ( 81 )   > この月の画像一覧

野人日記 8/31(月)

夜朝ともに冷ややかだった。昼前まで窓を閉め切る。夜は冷ややかさが手伝って寝やすかった。昼から暑くなり、夕方前からいつものみし暑さに戻る。しかし、今日一日、風があり、爽やかで、過しやすい陽気になる。曇り空で陽は出なかった。SASなし。脈の乱れなし。血圧、89/56。8/30の体重と体脂肪率、77.2/22.6。23時起床。3時に寝て、4時15分に起床。再び6時に寝て、9時15分に起床。睡眠リズムがうまくいかない。これでも日中は快適に過しているので支障はない。夢は見ない。

昼は、秋刀魚の干物とワカメの赤味噌汁。

電波時計というのを手に入れた。今頃のやつは、気温も測れるらしい。

株価下落。

衆院選、民主圧勝、308議席に。


野人
[PR]
by yajingayuku | 2009-08-31 16:06 | 野人日記

イタリア紀行(32)

ある休みの日、皆でソレント半島を一周することになった。F.S.に乗って、サレルノまで行く。海が近くのこの駅は、ハワイのホノルルのように高い建物が林立し、空気も透明感が増しているような気がするところだ。先ずは、ソレント半島の南の付け根から出発した。バス乗り場でバスを待つ間、バールで軽く食事をして、TOTOを買ってみた。サッカーくじだが、当たり前のように全員ハズレた。左手に海を見ながら、ソレント半島の突端部にあるアマルフィを目指す。
f0192635_0491599.jpg


ガイドブックに、途中、「青の洞窟」があると書いてあったので、最寄のバス停で降りてみた。断崖の上に茶店があり、その横に洞窟入り口と書かれた看板がある。おじさんが「見るかい」というので後を付いてゆくと、崖のエレベターに乗らされた。下の磯辺に着くと、内部が広い空間の洞窟に入った。小さな桟橋からボートに移り、内部を漕ぎ手のおじさんの説明を聞きながら巡ってゆく。海底に照らし出されたのは、子供のイエスの人形。次の瞬間、外洋に開いた小さな穴から美しい光線が差し込むのが見える。海面が少し青みがかった瑠璃色のガラスのような輝きを放っている。規模は小さいとはいえ、美しい「青の洞窟」化した光景が目に焼きついた。
f0192635_05005.jpg


停留所にバスが定刻通りやってきた。バスが左に右に揺れながら、美しい海岸線をひた走る。断崖の道から眼下に港と浜辺が見え出した。これがかつては一大王国を形成していたアマルフィである。城門の前で止まり、次の待ち時間が余りなかったが、バールでお茶をした。直ぐに席を立ち、ドゥオーモをお参りする。黄金色に輝くモザイク画を見物したが、時間の関係で、「天国の回廊」までは見ることが出来なかった。
f0192635_0502346.jpg


バスに乗り、今度は終着地ソレントに向かう。海岸線をまたしても揺られながら走ると、心地よい眠気が襲ってきた。はっとして目覚めると、陽は落ち、ソレントの街中を走っていた。バスを降り、ホームに止まっている電車に乗り込む。あとは一路ポンペイに向かうだけである。電車の振動でうとうとしながら窓の外を眺める。漁火は見えないが、何か懐かしいものを感じた。

研究所につくと、御飯だけあったのでお茶漬けを食べた。順番にシャワーを浴びて、部屋の蒲団の上に座ると、心地よい睡魔がやってきた。いつまでも断崖から見た海と太陽が頭から離れなかった。眼福とはこういうことか・・・。

野人
[PR]
by yajingayuku | 2009-08-31 00:51 |

野人日記 8/30(日)

夜朝ともに蒸暑かった。窓は開けたまま眠った。午前中から気温が上がり、夕方には夏の暑さが戻る。曇り空だったが、昼から陽射しが出て、夕方には夏の陽射しになる。風は少々で暑さを解消するほどのものにはならない。SASなし。脈の乱れなし。血圧、91/59。8/29の体重と体脂肪率、77.1/22.4。23時15分起床。4時に眠り、10時に再び起床。夢は忘れる。

昼は、カレースープ。

午後、スーパーへ買いだしに行く。ヨーグルト、秋刀魚の干物、豆腐、コーヒーなどなど。

ビールをやる。美味しかった。


野人
[PR]
by yajingayuku | 2009-08-30 16:04 | 野人日記

イタリア紀行(31)

ポンペイにきてから最初の休日に、皆でナポリまで出かけた。研究所のほんの近くをヴェスーヴィオ周回鉄道が走っていて、駅が1分以内のところにあったので、チンツィアにをガイドに電車に乗った。ナポリで地下鉄に乗り換えて、地上に出ると、すぐに国立考古学博物館が見えた。その向かい側には有名な古本屋があり、少し立ち寄ってから、博物館に入る。ギリシア彫刻、青銅像などなど夥しい数の遺物群。ポンペイなどの遺跡から出土した壁画の一部も所蔵されていた。ここでのお目当ては、日本の教科書でもお馴染みの、「アレキサンダーとダリウスの戦い」である。特別にこのモザイク画だけの部屋があり、係りの目を盗んで何とか撮影することが出来た。

鑑賞するだけでくたくたになりなって博物館を出た。スパッカナポリ前の通りを歩くと警官が沢山出ているのが目に入る。チンツィアによれば拳銃で誰か撃たれたらしい。その狙撃現場には少しの血痕とこれを流した水をまいた後が見えた。そう言えば、ここは、カンパーニアのマフィア、カモッラの拠点であるし、私が訪れたエルコラーノもそのひとつだ。先輩は、「よくエルコラーノをひとりで歩けたなー」と言っていたのを思い出す。無知が人を助けたようである。この通りの近くにある中華料理屋で昼飯をとる。以前にも先生方が来店されたらしく、メニューは先生にお任せした。マーボウ豆腐が出てきたのには驚かされた。どこか日本の中華に似ている味付けだったことを憶えている。

山に登る階段を歩き、頂き付近の「カメオ」専門店に入る。日本語が少し出来る店員が対応し、隊員がかつて訪れたことを告げると大喜びしていた。近くのバールに入り、ナポリ湾が一望できるデッキでコーヒーを飲む。右手には大きな教会施設が建っている。ここで記念撮影をする。
f0192635_0462056.jpg


帰りは、ケーブルカーで山を降り、バス停のある大きな広場に着いた頃には陽が落ちていた。バスに乗り、周回鉄道の駅に向かい、電車に乗る。研究所に戻り、急いで夕食を作る。腹に詰め込むと、私だけ直ぐにシャワーを浴びた。皆、残業をしているのにもかかわらず・・・。

野人
[PR]
by yajingayuku | 2009-08-30 00:47 |

野人日記 8/29(土)

夜朝ともに蒸暑さを感じた。窓を開け放しで眠る。とても蒸暑い。風がなく、湿度が高い。曇り空で、一時雨も降ったが、涼しくはならなかった。夕方には、蒸暑さが増し、いつもより暑く感じられる。SASなし。脈の乱れなし。血圧、85/57。8/28の体重と体脂肪率、75.8/22.9。23時起床。3時に再び眠り、5時に目覚める。またまた1時間ぐらい眠り、昼に1時間ほど睡眠をとる。これでなんとかスッキリした。夢は忘れる。

昼は、鶏団子鍋。久々の鍋料理。汗をかきつつ食する。

母、体力回復する。いつもの状態に。


野人
[PR]
by yajingayuku | 2009-08-29 16:11 | 野人日記

イタリア紀行(30)

毎日毎日、発掘作業は同じことの繰り返しである。時折、櫓の作業と穴掘りの作業を交代することはあったが、大きな変化はない。仕事の最中に、よく陶器の破片をこっそり採取していたが、隊員も同じことをしていた。自分用の資料のつもりである。研究所に帰ってからも隊員は図面を引く作業が待っている。私は肉体労働だけなので楽なものである。

昼の休憩時間に、チンツィアがやってきて、掌の中の陶器の破片を見せた。その中のひとつを舌で舐め、埃を取り除いて、「これ何だか分かる」と質問してくる。破片表面に金属色に輝く色とその下に素焼きの肌色を見て取れたので、「黒釉陶器だ」と答えると、「正解」という。また破片をとり同じように舐めて、「これは」と聞いてくるので、「シジラータだ」というと、「正解」とニッコリしていう。次からが分からなかった。黙っていると、「これは何々で、何処何処の、何年のものよ」と教えてくれる。驚くことに、彼女は、陶器の破片を見ただけで、生産地と生産年代が分かるのである。スペシャリストとはこういうものかと痛感したが、現場と机上の作業とは大違いなのである。最後に、「ところでどんな味だった」と聞くと、「ドルチェ(甘い)」とニッコリ微笑んで答えた。

その日は、作業を早く切り上げ、外に夕食を食べに行く予定だった。何台かの車に分乗し一路ナポリに向かう。産業道路を走り、大通りに面したレンガ造りの大きな建物の前で車は止まった。ここが今回の店か・・・。入り口を入ると、お城のような洒落た空間が広がっている。大きくて長いテーブルに着席すると、店主が出たきた。彼の話によると、店主は、先輩の仕事仲間の火山学者の兄であることが分かった。店は、ピッツァ専門店なので、出てくる品々は全てピッツァである。注文の品が運ばれてきて、私が注文した無難な「マルゲリータ」を一つまみ口に放り込む。これはいける。生地の硬さといい、味付けといい申し分ない。
f0192635_1183259.jpg


続いて、おススメの品々が運ばれてくる。その中で、「レモンピッツァ」が出ると、一同が思わず、「おお~」とうなる。レモンのピッツァとは意表をつかれた。レモンの産地カンパーニアならではの一品であった。ここまでくると、お腹が苦しくなる。最後に、ヌテッラ(イタリアで絶大な人気を誇るチョコレートクリーム)を塗ったデザートピッツァが出てきた。最後にこれとは、心の中でそう叫ぶ。このピッツァは私の舌と脳に深く刻まれた。イタリアの食文化、深いのである、広いのである。
f0192635_1171898.jpg


満足して、車に乗り込むと、チンツィアが「どうだった」と聞いてくる。「サトゥッロ(「飽和状態」)」と答えると、笑い転げながら、エンジンをかけた。

野人
[PR]
by yajingayuku | 2009-08-29 01:19 |

野人日記 8/28(金)

眠る前に少し蒸暑さを感じる。夜朝は相変わらず涼しく、昼前に窓を開ける。湿度が高い一日で、夕方には非常に蒸し蒸暑くなる。曇り空で、天気予報が外れる。風が夕方ピタリと止む。兎に角蒸暑い。SASなし。脈の乱れなし。血圧、86/58。8/27の体重と体脂肪率、77.3/22.9。23時15分に目が醒め、4時前にもう一度眠る。7時30分に再び目覚める。夢は見なかった。

昼は、焼き烏賊。お麩の赤味噌汁。

睡眠のリズムが乱れている。季節の変わり目はいつもこうだ。何とかならないものか・・・。

株価上昇。


野人
[PR]
by yajingayuku | 2009-08-28 16:04 | 野人日記

イタリア紀行(29)

f0192635_1122046.jpg


目覚めると、空は雲で覆われ今にも泣き出しそうだった。イタリアで晴れ男もこの地ではそうはいかないようだ。まだ太陽が昇らないうちに御飯を炊き、味噌汁を作り、目玉焼きを作る。隊員が集まり朝食を済ませる。チンツィアの運転する車で出発。舗装されていないでこぼこの道が続くブドウ畑を抜け、古代都市ポンペイの城壁区域に到着する。

f0192635_1125333.jpg

古代ポンペイの城壁には幾つかの塔があったと伝えられていた。近代になり発掘が進む中で、都市構造史の中で「カプア門」の比定が曖昧なまま残されていた。今回の発掘はこの「カプア門」の存在の有無を確認することが第一の目的である。結論から言うと、調査の結果、「カプア門」は存在しない。「無」ということもまた考古学の大きな成果である。何も財宝が「ある」ということだけが学問的価値があるのではない。

f0192635_1132029.jpg

「カプア門」があると指摘されていた部分には、城壁の外部と内部の発掘部分、それに城壁に付随している構築物らしい遺構の2箇所に分かれていた。私は、その遺構の四角い構造物の内部が掘り進められたセクションにまわされた。8畳ぐらいの空間は既に2メートルほど下層に発掘が進み、構造物壁体上部には作業用の櫓が組まれている。私は、その櫓に登り、突き出した丸太にバケツの付いたロープを滑車を通して引っ張り上げ、後ろのベルトコンベアーに掘土をのせる単純作業を任された。下では、下層部を掘るもの、その堀土をバケツに入れるもの、2人の隊員が作業していた。どれぐらい同じことを繰り返しただろうか、チンツィアがやってきて、昼ごはんの注文を聞いてきた。パニーニのようだが色々種類があるようだった。一同手を止め、注文する。同僚は、先ず、ミラノ風カツレツのパニーニを食べた方がいい、と口をそろえて私にアドバイスしてくれる。これに決め、再び作業に戻る。暫くすると、鍋をたたく音がする。昼飯の時間である。梯子を上り下の隊員が地表へ出る。私は、櫓から降り、保管棟兼休憩所の建物に向かう。飲み物を取り、パニーニを頬張る。美味い!!!コルトーナのそれ、いやローマのそれよりも美味いパニーニ。恐らく私の中では一番美味しいパニーニである。

作業には、地元のイタリア人人夫が数名参加していた。彼等からは、食後、ナポリ式カプッチョ(イタリア人は「カプチーノ」のことをこう愛称で呼ぶ)の作り方を教わる。エスプレッソとは別のカップに温めたミルクと砂糖を入れ、これを兎に角勢いよくひたすらかき混ぜる。水気がなくなり泡立ってきたら、これをエスプレッソの上にかける。これで完成。このカプッチョを飲みつつ、話すのは女の話である。大笑いしている人夫と隊員の傍らで、人夫の親方は何も言わず寡黙にコーヒーを飲んでいた。

午後も同じ繰り返しである。何日か経過して、一定のところまで掘り進めると測量が始まる。私もポール持ちをやらせてもらった。測量器の使い方が分からないので、隊員の人に測量はまかせっきりである。そうこうしていると発掘は終わりになる。イタリア人たちとも別れて、研究所に向かう。隊員の洗濯物を洗濯機にかけ、夕食の準備がはじまる。買い物に出かけ、豚肉を購入する。自腹でサラミを何本か買う。初日は、トンカツだった。昼、ミラノ風カツレツだったがそんなことは関係なかった。飯が出来るまで、ワインを飲みながら、サラミを食した。四国の大学から参加されていたN先生がサラミを大いに満足され、場が一段と和んだ。

シャワーを浴び、ひとり、大広間にもどり、蒲団に潜り込んだ。目をつぶると昼間の光景が現れた。しかし、ドロのように眠り込んでしまった。

野人
[PR]
by yajingayuku | 2009-08-28 01:14 |

野人日記 8/27(木)

昨日よりは少しましな涼しい夜と朝。それでも昼前まで窓を閉め切らないといられなかった。早朝曇りだったが、午前中に晴れ、夕方には陽射しが厳しくなる。風が吹くが、夕方には余りなく、蒸暑さが戻る。SASなし。脈の乱れなし。血圧、86/58。8/26の体重と体脂肪率、77.2/23.8。4時起床。朝少し仮眠をとる。夢は見たが忘れる。

昼は、カレースープ。久々なのでとても美味しかった。

母、通院日。検査結果があまり良くなかった。帰ってきて、桃を食べる。

株価下落。500円台を割る。円高進む。


野人
[PR]
by yajingayuku | 2009-08-27 16:05 | 野人日記

イタリア紀行(28)

1本の電話をする。今はなくなってしまったが、京都に発掘を手がける研究所があった。当時、大学院の先輩が勤務していて、ポンペイの研究所に滞在されていた。その研究所のお手伝いを願い出るために彼に電話をしたのである。申し出に先輩は快諾され、早速行くことになった。ローマからナポリ行きの電車に乗る。海岸線を南下する。またトスカーナとは違う光景だ。ナポリ駅近くになると、高層ビルが目に入ってきた。この辺りも地震の被害があったりして町も変わってきているようだ。乗り継ぎに時間があったので、駅前のピッツァ屋で昼食を食べた。人が多くて、通りが汚れていて、何ともいえない臭いにおいがする。この印象が初カンパーニアだった。
f0192635_5264243.jpg


ポンペイに行く前に、エルコラーノに立ち寄った。この町もまた79年の噴火で火山灰に埋もれた町である。誰もいない海岸線の駅を降りて、人通りのない通りを遺跡まで歩いて行く。遺跡は、ブドウ畑の中にあり、現在の地面からかなり下に当時の地面が垣間見える。数メートルではきかないであろう。当時の地表に降り立つと、ここだけ空間が孤立しているような錯覚に陥る。石畳の幾つもの通りを行ったりきたりして、建物の内部を覗く。建物の柱が崩れている部分はその内部構造が見て取れる。かなり精緻にレンガが組み合わされていて、ローマ人の土木技術の質の高さに感心する。何時間か遺跡の中をうろうろして、駅に戻った。

電車に乗るともう夕日が射し、ポンペイの駅に着くと突然のバケツをひっくり返したような土砂降りにあう。研究所に電話し、迎えを待つが、なかなか来ないので、また電話すると、先輩の車は、別の駅にいたようである。ここにはヴェスーヴィオ周回鉄道があり、2つの駅が存在していた。漸く車が到着し、先輩に不手際を謝った。研究所は大きな一般住宅で、7名ほどの日本人の考古学スペシャリストが働いていた。現地のスタッフとして、ローマ大学考古学科大学院在学のチンツィアがサポートしていた。着くと直ぐに夕食になり、先輩は私を皆に紹介した。皆、笑顔で私を歓迎してくれた。この日の夕食は、前菜にカプレーゼ(トマトとモッツァレッラチーズを合わせたもの。チーズはあの有名な水牛の乳で作った特産品)と小鰯の揚げ物。パスタは、プッタネスカ(酢漬けのケイパを使ったスパゲッティー)で、あと何か2~3品の料理が出された。

夕食後、折角来たのだから、といってチンツィアの友だちと飲みに行こうということになった。ポンペイの居酒屋に彼女の友人数名と研究所の若手の何人かが顔を合わせた。こうして飲み歩くのも久しぶりだったようである、皆大いに盛り上がった。研究所に帰り、あてがわれた部屋に入ると、そこは畳敷きの10畳以上はあるような大部屋で、蒲団を一枚敷いて潜り込んだ。明日は、いよいよ発掘である。何が待ち受けているのか・・・。

野人
[PR]
by yajingayuku | 2009-08-27 05:27 |