カテゴリ:木陰のランプ( 100 )

「貼る」

「貼る」

「はっ?」

あれは、幼稚園に上がる前のことだったろうか、朝起きて、洗面所に立ち髭をそる父の背中を見る。

剃り終わって、こちらを向くと、あごの辺りが切り傷になっていて血が出ている。

父は、躊躇することなく、タバコを1本取り出す。

すると、これを解体し始める。器用にタバコの葉を一つまみ指でつまみ、鏡を見ながら、あごの傷に貼り付ける。

「えっ?」

吸わないいんだ、と首をかしげる。

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後年、私がタバコを吸い始めたころ、同じことをしてみたことがある。

これが、傷口に強烈な痛みを伴うものであった。止血するが、我々の時代にはティッシュペーパーがあり、こんな痛い思いをせずに済むのである。

でも何故?

父は海軍出身で、戦後は貧乏だった。友人、先輩から教わったのか、安価で手っ取り早い、止血にはタバコがいいと思ったようだ。

タバコは便利だ、とよく父は言っていたが、このことだったのかもしれない。

これが私のタバコとの第一種接近遭遇だった・・・。


Bayartai!

野人
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by yajingayuku | 2015-09-06 20:16 | 木陰のランプ

占う

「占う」

今日はネットの占を見ると、何かを始めるのに最適な日、とあった。というわけではないが、ブログを再開しようと思う。

人生で一度だけ、夢が吉をよんだことがある。

大学受験二浪目。都内の私立大学を受験し、合格発表の前日の夜。

日本画に出てくるような、目の大きな黄金の龍が目の前を飛んでいる。

しかも音を立てて。さらさら、さらさら。

真冬なのに、起床した時には、全身暑くなっていた。

何とか大学の門を潜り抜けたが、未だにこの夢が頭から離れない。

どうやら私は
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龍は吉兆の表れだと思い込んでいる節がある。

古代ギリシアでは、巫女が夢を見て吉兆を占う風習があったという。

人生の1/3は眠っているのが人間。

これもひとつの現実か?

Bayartai !

野人
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by yajingayuku | 2015-09-02 23:04 | 木陰のランプ

銀杏

ビルの谷間を通る通りの銀杏並木が黄色く色づき、地面にその絨毯を編んでいるころには、行き交う人も、コートの襟を立てて足早に歩みを早める。

何処からともなく、聴いたことのある音楽が流れてくるが、耳をそばだてると、通りの向こうの、クリスマスのデコレーションがひっそり飾られた小さなショーウィンドーのある喫茶店の、開け放たれた入り口のドアの中がその発信源だとわかった。

惹き込まれた喫茶店の窓際のテーブルにつく。
「この曲はどこかで聴いたことがあるな・・・・」

ここ数年、残業に追われ、休みが取れず、ようやく貴重な休日が取れたが、この曲からこぼれ出る思い出は頭の中の片隅で干からびていたようだ。私は、あの時のように、眉毛を右指でもてあそびながら窓の外の銀杏の木を眺める。

「何になさいますか?」

不意を突かれて、店員の言葉に驚く。

「あの、この曲の名前なんでしたっけ」

店員は、注文とは違う返答で、虚を突かれたようになっている。

「あぁー、どうも失礼」

私は、彼女を金縛りのような時間から解放させるために、ビールを注文して頷いて見せた。

干からびた記憶の塊が、一口飲んだビールのおかげで、ふっくらと元の形に戻り始めるのが自分の中で確認できる。

大学生時代、憧れのアメリカを一人旅して、辺りは360度荒野の中で、バスを待っていることがあった。いくらハチャメチャな旅の原動力が、どうにでもなるわいという若者の思い付きだったということだけではこの状態から抜け出せないことは分かっている。
途方に暮れて、真昼間のギラギラした太陽にあぶられて座り込んでいると、広大な地平線を二分する一本道に一台の車がやってくるのが見えた。慌てて私は腕を振り近づいてくる車に止まるように合図する。幸運にも、車が止まり、この広大な大地に私と車の中にだけ影ができ、眩しい景色から車の中の明るさに目が慣れて現れた顔は、30歳代の金髪の女性であった。

「あの、バスが来なくて困ってるんです。どうか助けてください。近くの町まで連れてってくれませんか?」

彼女は、笑うと、頬に小さな窪みを作り、頷いた。
どれだけ走ったのか、時間のたつ感覚が失われそうだったが、太陽は確実に隠れようとしていた。
彼女は、この先の町で暮らし、丁度田舎から帰るところだったらしい。つたない英語で、私は感謝を述べ、日本のことや自分の生い立ちを話していた時に、気分転換に彼女がつけたラジオから音楽が流れた。

干からびた記憶に血の気が射し、眉毛をいじっていると、この曲があの時ラジオから流れていた曲だったことに気付く。

「ついたわよ。泊まるところあるの?どう、私の家に来る?」

突然の招待に私は、声が上ずったが、行き場のない境遇を考えるとこの申し入れは私が受けた救いに他ならなかった。

「この女性が、俺の別れた嫁さんになったとは、奇跡もいいところだな」
最後の一口のビールを飲み干し、口に着いた泡をふいていると、店内の音楽は次の聴いたことのない曲にかわっていた。

席を立って、勘定をしようとカウンターの一角に行くと、ビールを持ってきた店員が会釈をして待っていた。よくその顔を眺めると、その頬に、位置も形もあの時の女房になる金髪女性のそれと全く同じ窪みを作っていた。

「もしかすると、この人とは会ったことがあるのか?」内心、干からびて影ばかりが覆っていた心に明りが灯ったような、暖かな空気が背筋を撫でたが、出口のドアを開けた彼女が引きこんだ外気の冷たさにに我に帰った。

背中越しに閉まるドアの音を聞き、私は、コートの襟を立てて、晩秋の銀杏のトンネルを早足で歩いた。
「ビール一杯でこんなに酔うなんて・・・・・」
町には銀杏の黄色い雨が降っていた。
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「毒蛇は急がない」

Bayartai!

野人

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by yajingayuku | 2014-12-07 01:56 | 木陰のランプ

冬風

ヒュー、と風が泣く。
ここ下田は連日のように風が泣く。
特に、雨が降って、翌日が晴れの時は強風が吹く。

そういえば、こんな強風の島にいたことがあった。
喜界島。
車で30分もしないで島を一周できてしまう島。
信号機が一つしかない島。
周りは、太平洋と東シナ海に囲まれている。

なので、風を遮るものがない。
吹きっぱなし。
雨など降ろうものなら、本土の台風なみだ。

この風、塩を含んでいる。
そのために、金属は錆びる。
自転車は買って1か月ほどで、チェーンが硬くなった。
洗濯機もカタカタ音が酷くなる。

この塩を利用して、島の洞窟で、イタリア風の生ハムを作ってはと提案する人がいた。
でも実際には実現しなかったようだ。

この冷たい風の吹く頃、三鷹の駅から下宿先に帰る道で、サラリーマンがコートの襟を立てて、足早に家に向かう姿が思い浮かぶ。
赤ちょうちんを見つけると、このころの独特の風に乗って鼻に届く香りがある。
乾燥した、埃っぽい、でも自然の臭いではない、一種独特の町の臭いだ。

シューベルトの「冬の旅」を聴くと、この風や臭いを思い出す。
風には人を歩かせる力がある。
旅と風は兄弟だ。

そして、想像も郷愁も風に揺れて泣く。
春になれば、また風が吹く。
冬に別れを告げて・・・・。

「東風吹かば匂いおこせよ梅の花、主なしとて春を忘るな」
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「毒蛇は急がない」

Bayartai!

野人
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by yajingayuku | 2014-12-03 20:37 | 木陰のランプ

5メートル

短距離のスイマーにとって、あとゴールまでの5メートルのラインがとてもつらい。
ほんの5メートルだが、永遠の5メートルなのである。

「じゃ、5時に」

そういって彼女は電話を切った。
大学を卒業して、1年がたつが、お互いに都内に住んでいるとは言っても、仕事が忙しくて会う時間がなかなかつくれない。

彼女とは、大学3年生の時に、付き合い始めた。
秋の夕暮が辺りを琥珀色に染めはじめたころ、大学構内を歩いている彼女の後姿を見つけて、心が落ちてしまった。
その姿が私に永遠の虚像を投げかけた。

彼女には男がいた。
それも小学生の時からの幼馴染で、家の近所に住んでいる。
しかも、その彼は、医学部生。エリートである。

どう逆立ちしても、どん底の私には世界の違う人間だ。
外見上は勝ち目がない。

その日のデートは、馴染の居酒屋だった。
常連のお客さんとも意気投合し楽しい時間が作れた。
時間が遅くなり、電車の時間も無くなるので、彼女を送りに駅へ向かった。

「私、ま~つわ、いつまでも、ま~つわ」
とこんな歌を道すがら歌い始めた。

私は、ためらった。ただの歌なのか、誘いの歌なのか?

その時は、その場で別れた。意気地がなかった。強引さが・・・。

プールのあと5メートルは自分との闘いである。躊躇することなく体を動かすだけである。

しかし、人との5メートルには躊躇する。
素直になり、当たって砕けよ、という意気込みがなかった。
何か醒めたところをもつようにと自分に言い聞かせたふしがある。

人との5メートル。今、それが0メートルにできる自分がいるとは思えない。
こんな、舌足らずな、意気地なしの、でもちょっとホットな小男(?)もらいてないかな?

今夜は、焼酎の水割りで、着火、見事にモクモクと熱くなりました。
いや~、もっといい文章が書きたい。
ぶつくさの夜でした。
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「毒蛇は急がない」

Bayartai!

野人
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by yajingayuku | 2014-11-30 19:19 | 木陰のランプ

体は語る

「いい耳しとるな」

3歳ぐらいのことだろうか。夕方になると、父がお世話になっていた、京都の地元の旦那衆が我が家にやってきた。
一しきり、世間話をして、笑顔が絶えないのだが、その終わりごろに、決まってその一人のスキンヘッドのオヤジさんの頭を、ペンペンと叩いたものだ。そして、母と父からこっぴどく叱られるというのが夏の夕方の恒例行事だった。

そのオヤジさんから、私の顔を見つけるといつもこういって私の耳を触ってくるのである。
後々、中学校の友人から、耳たぶが下がっているから、その耳は散財する相だと教えられた。

この中学生時代の友人とは、クラスも同じで、剣道部に所属していた。
我々の時代で、何とか廃部だった剣道部を再興して同志を集めた。
半年たつと、女子部員3人が入部するまでになった。

この女子からは、その頃はやっていた「交換日記」というものを誘われて、しばらくやることになった。
日記の中に、私の指が白魚のように長くて綺麗だという記述があった。
白魚のような、という言葉で自分のことを褒めてくれる。
こんなことは生まれて初めてのことだった。しかも同世代の後輩の女子からである。
嬉しくないはずがない。

それ以来、時々、夜のとばりが降りて、ランプの光で自分の指を眺めることがある。
ナルシズムというよりは、不思議な気がするのである。
自分にはその良さが少しわからない。
男としては、もっとガッシリした、毛も生えていてゴツゴツしたのがいいのではないかと個人的に思うのである。

「背が高くていいわね」

こういう言葉をよく耳にする。
でも、心中では、余りいい思いをした思い出が見当たらないな、とつぶやく。
頭をしょっちゅうぶつけるし、若い時は、サイズの合う気に入った服や靴がなかった。

「えくぼのできる男の子って、エッチなのよ」

と小学生の時、クラスメイトから言われたことがある。
私には、右頬に大きなえくぼが浮かぶ。
昔から、どうも気に入らないものだったが、この言葉は当たっていると思うのである。
にゃり、とするとこのえくぼが目立つからである。
ということはしょっちゅうえくぼが浮かぶ私は根っからのスケベなのであろう。

イタリアで、夕景の遺跡の中で、一人ほくそえんでえくぼをつくる。
これは、古代に淫していることの証なのかもしれない。
私の夕焼けとえくぼ・・・・・・。
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「毒蛇は急がない」

Bayartai!

野人
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by yajingayuku | 2014-11-21 23:24 | 木陰のランプ

霧の中から

今思い返すと不思議なこともあるものだと思う。

イタリアの片田舎のアパートで日本人の友人と、他愛もない話をして、料理を作り合い、しこたまワインを飲んだ挙句、夜中の3時ごろ、30分はかかるであろう自分のアパートに帰らねばならない日が幾日か続いた。

哲学、歴史、文学、恋愛、食、人生。
片っ端から思いつく主題で感想を述べ合う。
でも、これを毎日やっても飽きるということはなかった。

「うー寒い!」

晩秋の中世のイタリアの町は、石の皮膚を持つ巨大な冷蔵庫のようだ。
アパートの外を出ると、一歩も歩かない先から、霧が全身にまとわりつく。
吐く息も、霧と同属の白い気体となって、車のライトに照らしだされると、溶けあうのがよくわかる。

「中世の霧は、ペストを運んできたんだよ。霧には2種類あって、いいのと悪い奴があるんだ」

先日、友人のルイージから聞かされていた霧の話が頭をよぎる。
彼の言い分では、霧は生き物のようである。何処からともなく現れ消え去る謎そのものである。

「これをみんな知ってるから、夜の霧の中をあまり人は歩かないのだろうか?」

そんなことを自問しても夜中の3時である、誰も歩くものなどいないのは当然である。
こんなことでも絶えず自問していなくては、この奥深い霧の沈黙の世界を歩くのは至難の業だ。
孤独感が、石造りの堅牢な建物の無機質な冷たさから零れ落ちてくる。

アパート近くの大きなカーブを下りながら歩いていると、少し霧が晴れた先から、ひとりのひげを生やした老人が帽子をかぶって黒いコートを着た姿でこちらに歩いてくる。

石と霧と闇と明りとしかない歩道から、現実に連れ戻されたようだ。

「えっ、なんでや。こんな時間に」

とはっとなった瞬間、彼は私の横を通り過ぎてゆく。

振り向いたものか、振り向かないでいようか。

戸惑いが一瞬あったが、結局、後ろを見た。

「うっ」

いないのである。

振り向くと、右に坂の下に降りてゆく階段があるが、そこを降りたのだろうか?それなら、こちらを上がってくる必要はあるまい。先にはほかに道はない。

「?」

「あっ」

と思って小走りに歩きアパートへ向かう。

この日は眠れず朝を迎えた。

その日の夕方、大学から帰って、夕食を済ませてベッドで一服していると、電話のベルが鳴った。

「Allo、あぁー」妹からである。

少し涙声で、「おばちゃん、死んだ」

詳しく聴くと、祖父が死んだ翌日、つまりその朝、伯母が亡くなった。

老人の話と身内の不幸を結びつける根拠もなければ、確かめようもないが、未だにこのエピソードは深く記憶に残っている。
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「毒蛇は急がない」

Bayartai!

野人

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by yajingayuku | 2014-11-17 21:34 | 木陰のランプ

拾う神あり

ローマ以北に、タルクィニアという小さな町がある。
イタリアの山奥から降りてきた私は、ここに着くのに半日を費やした。
秋の夕暮は早い。

宿を町の奥の方にある小さなホテルに決めて、考古学博物館に向かう。
博物館は古色蒼然とした建物だが、室内展示は清潔感があり、照明も的確である。

墳墓内部の再現室をガラス越しに見ることができ、じっと佇んで眺めていると、髪の毛の薄い、痩せこけた長い顔の、背の高い中年の男が話しかけてきた。

「日本人かい?」
「そうです」
「観光できたの?」
「いえ、僕は、エトルスキを研究しているんです」
「ほーう・・・」

男は、視線で、壁画の方に私が視線を移すように合図する。見ると、両手を広げて踊る、鮮やかな薄い青色の、裸体が透けて見える服を着た青年の画があった。

「写真、存分に撮ってくれ」
「ありがとうございます」

幾枚か写真を撮り、館内の遺物を鑑賞する。
「ボッコリスの壺」。「フランソワのクラテール」。
日本で憧れであった遺物たちが目の前にあった。

男に礼を述べ退館しようとすると、男はニコリともせず話し始めた。

「どうだ、呑まんか?」
「いいですけど・・・・」
「7時にこの近くのバールで」
「はい」

外に出ると、暗がりに、これまた有名な石棺があった。もう収蔵する場所がないようだった。それだけ、遺物が多いのだろう。

ホテルに帰り、ピッツァ屋で食事することにした。サラミがいっぱいのったのを注文して、ビールで腹に流し込む。

部屋に帰り、窓から、沈む夕陽を眺める。ティレニア海(「エトルスキの海」の意味)にまた陽が沈む、彼らの見た夕陽が・・・。

暗がりの町をとぼとぼ歩きバールにゆく。
バールの止まり木にはすでに男が腰かけていてビールを飲んでいる。

「何にする?」
「うーん、グラッパを・・・」
「ほーう」

私が知る日本人の研究者とは友人であること、お前のように日本人でエトルスキをやっているやつは珍しいこと、そして何よりも一人で遺跡を巡るやつも珍しいことなど話し、杯を重ねる。

「ホテルの部屋とったのかい?キャンセルしろ。俺の家に来い。自分の家だと思って泊まっていけ。腹は減らないか?何なら俺が作ってやる。これがいい、こうしろ、それがいい・・・・」

結局、泊まらないが、家に行くことになった。
町の坂を少し下ったところに彼の一軒家があった。
台所のテーブルを挟んで椅子に座り、また酒宴が始まる。

夜中の1時ごろになり、そろそろホテルへ帰ることを伝えた。

「もう帰るのか?1週間ぐらいいればいいじゃないか?遠慮はいらんぞ・・・」

私は彼の厚意に感謝し、礼を述べて、家を出た。
坂を上り、後ろを振り返ると、少し私の後を追うようについてきてまだ手を振ってくれていた。

彼は、足が悪く、びっこをひいている。その横に揺れる彼の姿は、坂の上でその姿が見えなくなっても続いていただろう。
闇が支配する中で、電燈のささやかな明かりが、私の足元を照らしていてくれる。
このささやかさが私には、目にまぶしいだけではない、涙を誘った。

また私は救われた。

あー。蝋燭に火がともるように、ビールひと缶で思い出が発火してしまった。
タルクィニアの夕日の黄金色のように・・・・・。
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「毒蛇は急がない」

Bayartai!

野人

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by yajingayuku | 2014-11-16 22:06 | 木陰のランプ

琥珀色の時間

「夕陽のガンマン」。この「の」という助詞は、主格でもないし、所有の意味があるのでもなく、形容の意味があるが、どうも文法的に分類できないようである。「夕陽を背にした」とか、「夕陽を浴びた」とか、「夕陽のように燃え上がる情熱を持った」とか、とかく説明がいる。

むしろ、「夕陽」というものがそのように表現の奥深いものであることを物語っているのかもしれない。

黄昏時に、ホテルの止まり木で、ドライマティーニを注文し、一口飲むと、この輝く太陽の光で、体に酒精がまわり、血流が開かれ、地面の土に体を埋める重力感と肩から自分の分身が抜け出るような浮遊感を同時に味わうことになる。

サクラメント川。ゴールドラッシュにわき、濁った流れを作る川面にも黄昏が落ちる。
小太りの中年の東洋人が、まだ到着したばかりだというのに、もう川に体を入れて、一心にルアーを操る。
「シュッ」「ボチャ」と竿と釣り糸が空気を切り裂き、ルアーが川面に風穴を開ける。
投げては引き、投げては引き。この姿は永遠なのだろうか、と彼は思う。
その永遠の光景は、川面を照らす黄昏の琥珀の光だ。
眩しさで、どこにルアーを投げているのか、はたまた自分が何をしているのかわからなくなってくる。

彼は、今日の出来をランプのともる寝室で、黄昏色のウィスキーを味わいながら反芻する。
「西洋の没落」。「カルタゴ帝国の滅亡」。いずれも、燦然と輝いた巨星が、地平線上に落ち行く燃える石に変わったものだ。永遠は甘美を伴い、脆く崩れゆく太陽だ。
「俺は水平線に落ちるのだろうか?」。

夕陽がかくも甘美なのは、輝かしい太陽への憧憬ではなく、夜があるからだ、と彼は直観している。

朝、昼、夜。そしてまた、朝、昼、夜。この循環だけがある。

誕生、生、衰退、死。これもまた繰り返しである。

夕陽は、この繰り返しを暗示する人の心の変化に作用する、一滴のスピリッツである。

「雨の日は黄昏の夢を見て、晴れの日には夜の闇を夢見る」
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「毒蛇は急がない」

Bayartai!

野人


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by yajingayuku | 2014-11-13 19:17 | 木陰のランプ

うたたね

けたたましいエンジン音を立てて、一艘の船がアマゾン川を遡上する。ふと気づいて、景色を見返すが、何時間たっても遥か彼方にはジャングルの水平線が見えるだけである。
真夏の灼熱の太陽を避けて、両壁のない船室に入る。
そこにはベッド代わりに、まるで繭玉のようにハンモックが吊らされている。

皺だらけのまだ30歳という、老婆のようなおかみさんさが赤ちゃんに乳を与えつつ、その上でくつろいでいる。
河からの涼しい風が彼女の足辺りを撫でている。

ひとりの小太りの中年の東洋人が、つばの短い涼しげな麦藁帽を目の辺りまで隠して被り、口にはタンカードのパイプを咥えて、腹には読みかけの本を開いて伏せたままのせて、彼女と同じように、体をすぼめたようにして横たわっている。
アマゾネスの涼やかでまろやかなそよ風が彼の足の裏をくすぐり、時々指をチョコチョコ動かしているのが見える。

彼は、夢現でエンジン音を聞いている。この世なのか?あの世なのか?

懈怠とも言えず、恍惚ともいえない、ぬるま湯に浸る感覚は、日本の真夏の窓際で、夕陽の中でウオッカをやっている時に、彼が記憶の中から呼び覚ますことのできる懐かしさとなる。

彼の味わう弛緩は、音楽でも訪れた。
ネットで買った、ヒーリング・コレクション「癒」のCDは、肩の辺りに浮遊感をもたらした。
二胡の響きを聴いて、日本の三味線、中央アジアやギリシア、アラブの弦楽器の響きを想像できるだろうか?
彼にはできた。
東西の弦楽器の響きは、聴き比べると、地球を一周するような一大絵巻のように感じられた。

世界をめぐると、異なった、目、鼻、舌、耳を備えたようになる。
ところが、笑顔ときたら、また泣き顔ときたら、これはそれぞれ同じ皺があるのである。
彼は、この皺を求めて歩いていたのかもしれない。

旅人の見る人には顔があった。あの顔、この顔、はたまたこの顔・・・・・・。

また、ビール一杯で、イマージュを見てしまった。弛緩のイマージュを・・・・・・。
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「毒蛇は急がない」

Bayartai!

野人


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by yajingayuku | 2014-11-12 19:18 | 木陰のランプ