霧の中から

今思い返すと不思議なこともあるものだと思う。

イタリアの片田舎のアパートで日本人の友人と、他愛もない話をして、料理を作り合い、しこたまワインを飲んだ挙句、夜中の3時ごろ、30分はかかるであろう自分のアパートに帰らねばならない日が幾日か続いた。

哲学、歴史、文学、恋愛、食、人生。
片っ端から思いつく主題で感想を述べ合う。
でも、これを毎日やっても飽きるということはなかった。

「うー寒い!」

晩秋の中世のイタリアの町は、石の皮膚を持つ巨大な冷蔵庫のようだ。
アパートの外を出ると、一歩も歩かない先から、霧が全身にまとわりつく。
吐く息も、霧と同属の白い気体となって、車のライトに照らしだされると、溶けあうのがよくわかる。

「中世の霧は、ペストを運んできたんだよ。霧には2種類あって、いいのと悪い奴があるんだ」

先日、友人のルイージから聞かされていた霧の話が頭をよぎる。
彼の言い分では、霧は生き物のようである。何処からともなく現れ消え去る謎そのものである。

「これをみんな知ってるから、夜の霧の中をあまり人は歩かないのだろうか?」

そんなことを自問しても夜中の3時である、誰も歩くものなどいないのは当然である。
こんなことでも絶えず自問していなくては、この奥深い霧の沈黙の世界を歩くのは至難の業だ。
孤独感が、石造りの堅牢な建物の無機質な冷たさから零れ落ちてくる。

アパート近くの大きなカーブを下りながら歩いていると、少し霧が晴れた先から、ひとりのひげを生やした老人が帽子をかぶって黒いコートを着た姿でこちらに歩いてくる。

石と霧と闇と明りとしかない歩道から、現実に連れ戻されたようだ。

「えっ、なんでや。こんな時間に」

とはっとなった瞬間、彼は私の横を通り過ぎてゆく。

振り向いたものか、振り向かないでいようか。

戸惑いが一瞬あったが、結局、後ろを見た。

「うっ」

いないのである。

振り向くと、右に坂の下に降りてゆく階段があるが、そこを降りたのだろうか?それなら、こちらを上がってくる必要はあるまい。先にはほかに道はない。

「?」

「あっ」

と思って小走りに歩きアパートへ向かう。

この日は眠れず朝を迎えた。

その日の夕方、大学から帰って、夕食を済ませてベッドで一服していると、電話のベルが鳴った。

「Allo、あぁー」妹からである。

少し涙声で、「おばちゃん、死んだ」

詳しく聴くと、祖父が死んだ翌日、つまりその朝、伯母が亡くなった。

老人の話と身内の不幸を結びつける根拠もなければ、確かめようもないが、未だにこのエピソードは深く記憶に残っている。
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「毒蛇は急がない」

Bayartai!

野人

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by yajingayuku | 2014-11-17 21:34 | 木陰のランプ