拾う神あり

ローマ以北に、タルクィニアという小さな町がある。
イタリアの山奥から降りてきた私は、ここに着くのに半日を費やした。
秋の夕暮は早い。

宿を町の奥の方にある小さなホテルに決めて、考古学博物館に向かう。
博物館は古色蒼然とした建物だが、室内展示は清潔感があり、照明も的確である。

墳墓内部の再現室をガラス越しに見ることができ、じっと佇んで眺めていると、髪の毛の薄い、痩せこけた長い顔の、背の高い中年の男が話しかけてきた。

「日本人かい?」
「そうです」
「観光できたの?」
「いえ、僕は、エトルスキを研究しているんです」
「ほーう・・・」

男は、視線で、壁画の方に私が視線を移すように合図する。見ると、両手を広げて踊る、鮮やかな薄い青色の、裸体が透けて見える服を着た青年の画があった。

「写真、存分に撮ってくれ」
「ありがとうございます」

幾枚か写真を撮り、館内の遺物を鑑賞する。
「ボッコリスの壺」。「フランソワのクラテール」。
日本で憧れであった遺物たちが目の前にあった。

男に礼を述べ退館しようとすると、男はニコリともせず話し始めた。

「どうだ、呑まんか?」
「いいですけど・・・・」
「7時にこの近くのバールで」
「はい」

外に出ると、暗がりに、これまた有名な石棺があった。もう収蔵する場所がないようだった。それだけ、遺物が多いのだろう。

ホテルに帰り、ピッツァ屋で食事することにした。サラミがいっぱいのったのを注文して、ビールで腹に流し込む。

部屋に帰り、窓から、沈む夕陽を眺める。ティレニア海(「エトルスキの海」の意味)にまた陽が沈む、彼らの見た夕陽が・・・。

暗がりの町をとぼとぼ歩きバールにゆく。
バールの止まり木にはすでに男が腰かけていてビールを飲んでいる。

「何にする?」
「うーん、グラッパを・・・」
「ほーう」

私が知る日本人の研究者とは友人であること、お前のように日本人でエトルスキをやっているやつは珍しいこと、そして何よりも一人で遺跡を巡るやつも珍しいことなど話し、杯を重ねる。

「ホテルの部屋とったのかい?キャンセルしろ。俺の家に来い。自分の家だと思って泊まっていけ。腹は減らないか?何なら俺が作ってやる。これがいい、こうしろ、それがいい・・・・」

結局、泊まらないが、家に行くことになった。
町の坂を少し下ったところに彼の一軒家があった。
台所のテーブルを挟んで椅子に座り、また酒宴が始まる。

夜中の1時ごろになり、そろそろホテルへ帰ることを伝えた。

「もう帰るのか?1週間ぐらいいればいいじゃないか?遠慮はいらんぞ・・・」

私は彼の厚意に感謝し、礼を述べて、家を出た。
坂を上り、後ろを振り返ると、少し私の後を追うようについてきてまだ手を振ってくれていた。

彼は、足が悪く、びっこをひいている。その横に揺れる彼の姿は、坂の上でその姿が見えなくなっても続いていただろう。
闇が支配する中で、電燈のささやかな明かりが、私の足元を照らしていてくれる。
このささやかさが私には、目にまぶしいだけではない、涙を誘った。

また私は救われた。

あー。蝋燭に火がともるように、ビールひと缶で思い出が発火してしまった。
タルクィニアの夕日の黄金色のように・・・・・。
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「毒蛇は急がない」

Bayartai!

野人

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by yajingayuku | 2014-11-16 22:06 | 木陰のランプ