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イタリア紀行 (59)

留学生活2年目の夏休み、その頃、ロンドンに留学中のN君もいることもあって思い切ってロンドンに行くことにした。その夏のペルージアも例年のごとく乾燥した暑さだったが、イギリスはもっと涼しいことだろうと思っていた。N君の話もこちらは例年になく快晴の日が多く過しやすいとのことだった。

朝、少し蒸暑さで目覚め、日本製の電気蚊取りの臭いの中目覚め、荷物をザイノ(リュック)に詰め部屋を出た。ミラノまでペンドリーノを使ってイタリアの町を過ぎて行く。ミラノ駅でマルペンサ空港行きの列車に乗り、空港で最後のパスポート確認をやっているとき、もう時間がなくて焦っている中で、係りの丸々太った女性が鋭い眼差しで、滞在許可書お見せるように要求する。「しまった!」あれはもう積み込んだ荷物にあることを思い出した。タイミングよく私を搭乗するよう促す最終とも言える放送がホールいっぱいに聞こえてくる。係りの女性は、怒りを抑えつつ、呆れた風に私に、「出国したら許可書は無効になるわ、分かっているでしょ?」と告げた。おどおどして目があわせられない。「はい」と弱く言うと、手で行って、と合図した。間髪いれず、私は、満員の飛行機のタラップに向かうバスに飛び乗りに行った。中に入りと、乗員は一斉に私の顔を見つめ、「何やっているんだ」という無言の威圧を向けてきた。しょぼしょぼつり革につかまる。

飛行機の上からは、ドーバー海峡はそれ程広くなく感じられる。もう間じかにあの古代ローマ軍が見た白い断崖が感じられた。昼寝をする暇もなくあっけなく、渡ってしまった。あの大英帝国に行くのだ、という何かしらの感慨めいたものが残っていた。荷物を受け取りに、空港の通路を歩いて行くと、審査、というのがあるので訝しげに申請書に目を通し、横の年老いたイギリス紳士の係りに紙を渡して、「何しにきました?」と言うので、「観光に」と言うと、「よろしい」との言葉が返ってきた。パスポートの審査以外に、外国人、特に、欧米人以外はこの外見だけの「調べ」がある。昔、聞いた話では、南アでもアメリカ本土でも、黒人は一定の差別的な「出口と入り口」があったと聞く。それを思うと今のイギリスも自由さはあるのだけれども、この形だけの外来者を再確認する「入り口」には何か私には強烈なこの国の何かを感じてしまった。

皆さん、こんなことぐらいで、と思われるでしょうが、どうも田舎の人間には違和感を覚えて仕方ないのです。パリに行った時、何とすんなり入国できたことか・・・。欧州はひとつになり、何の障壁なく入国できる。よそから入国しても何の違和感もない。数多くのイギリスでの渡航になれた人なら何の違和感なくロンドンに降り立つでしょうが、私の最初のイギリス到着はこういうところで止まっているようだ。

私は、この地に1週間しか滞在しなかった。それもほんの少しの観光とあとは目的である博物館での考古学的遺物の検証であった。ロンドンの人とは交わらず、ただその目的に突っ走っただけで終わった。こいう衝動の背後には、モノだけの世界がある。人は介在しない。私の渡英は人が皆無であった。限られた中で、自分の研究だけを考えそれだけを追求する姿勢は、ある人によっては情けない、と言わしめるものである。この頃の私は、ただものだけに存在していたようである。

願わくば、もう一度、イギリスをじっくり見てみたい心がある。願わくば・・・である・・・。

野人
by yajingayuku | 2010-04-06 14:19 |